要塞内部

 ……要塞の中は、異世界かと思うほど、歪な間取りだった。


 最初の、ドアを開けて入った部屋は、二階分の高さの天井に、声が響くほど広く、その真ん中に上への階段がそびえていた。


 登らず奥のドアへと進めば、今度はトイレか物置かと思えるほど狭い小部屋、なのに奥にはまたドアが、それも開けたら右に長い廊下、それを抜けたら天井のない中庭に、そこから中央へのドアを開けたら、椅子が一つの部屋に入った。


 脈略がない、全部がこの調子だった。


 間取りも繋がりもデタラメ、それどころか、時折置かれる椅子やテーブルから、部屋の角が直角ではないとも分かった。


 塔を中心に円を描くように並べるなら、四角でははみ出る。そこまでは理解できるがしかし、何というか、建物の常識を知らないで作った、そんな印象が拭えなかった。


 ただそれでも、考えてないわけではないらしく、どの部屋にも最低でも横に向けるドアがあり、行き止まりだったり戻らなければならない部屋は一つもなかった。


 それと新たなギミック、灰色以外に鉄格子のはまった窓の登場だ。


 鉄格子は太く硬く、一本一本が鏡のように磨かれていて、蹴ったところで折れず曲がら外れもしない。その隙間を通れるのは空気と光と音と、それと蟻だけ、後は手のひらがギリギリ通るぐらいの間隔ではめ込まれていた。


 そんなのが壁だけでなく天井にも嵌めて開けてあり、そこから入り込む外の光で、存外明るかった。


 何よりも、天井の窓から見える景色に中央の塔が必ず見え、中央の方向だけは確実にわかるように設計してあるようだった。


 考えてないわけではない、ただ知らないだけ、異様な建物だった。


 ……その中を、これまで通り進む。進むしかなかった。


 先を行くプシュチナがドアを開け、安全を確認してから部屋に入り、次のドアへ、変わったのは一点、通ったドアを椅子で封じなくなったことだ。


 振り返れば部屋二つほど後ろ、赤い蟻たちが付いてきている。


 つまり部屋二つほど後ろが最後尾、それより後ろがないのだから後ろに気を配る必要はない。それは助かる。


 だが、後ろがない状態で先が見えないのは、危険だ。


 だから先を急ぎたい、改めて思った矢先、プシュチナが足を止めた。


「ひゃ!」


 ……あぁクソ、まただ。


 小さな悲鳴、開け放ったドアから手を離し、一歩下がる。


 新たな部屋は、血塗れだった。


 比較的広い部屋、椅子やテーブルはない。奥に半開きのドア、左には空いてるドア、その先は上へ向かう階段だ。天井は一階分の高さ、そこにある天窓から血が滴る。そして死体が三つ、いや四つ、転がっていた。


 一つ目、ドア入ったすぐそこ、首の右をざっくりと斬られたハゲ男がうつ伏せに倒れてる。


 二つ目、左端階段で、顔グチャグチャで種族どころか性別すらわからないのが座っている。


 三つ目、奥のドアの右横、壁に背を凭れさせ座ってるエルフの男、出血は無いが首がぐるりと回って顎が天井向いてる。


 そして四つ目、天井天窓、そこから滴る血の主、上がればもっとあるかもしれないが増やす気はない。


 実に素敵な光景だった。


 死体が四つ以上、つまりはそれだけ脅威が減ったという証だ。


 蟻に追いつかれるリスクと引き換えに、先に進ませたやつらを勝手に殺し合わせ、命と体力を消費させて安全に進む。


 理想が現実に近づいた証がこの部屋だ。


 ……だというのにプシュチナは、中に入らない。


「……ダメか?」


 苛立ちを噛み殺し、質問に似せた暗に伝える命令、これにガクガクと震えてるのか頷いてるのか、どちらにしろ踏み出せない。


 思わずロングソードを握る手に力が入る。


 たかが死体、無抵抗な亡骸、ただの物、それに恐れて進めないのは、それもこの殺し合いの場面でとなれば、もはや病気だ。


 病気は感染して広がる前に直すか、殺すかしなければならない。


 突き飛ばす、怒鳴りつける、見限って殺す、色々考えるも、殺すメリットがどうしても薄い。


 それだけ今の俺は貧相だ。


 投げた二枚刃ナイフもスティレットもどこか行き、あれだけあった死体を漁る暇もなく、結果今の装備は二つだけ、安全性に疑問が強い左手の盾に、騎士様から頂いたロングソード、これだけだ。


 後一応、腰に巻いたズボンを含めても貧相、そんな中で唯一他より有利な点がこいつだけとなれば、雑にも扱えない。


 せめてもの救いは、ロングソードは良いものだった点だ。


 見た目よりも軽く、重心が近くて、片手で持っても自在に振れる。扱いやすい。それに個人的には、ナイフや斧よりかは使い慣れてる。戦力としては、これまでで一番かもしれない。


 戦える、生き残れる、その心の余裕が、プシュチナの足止めを辛うじて我慢させていた。


「死体は襲ってこない。それでも無理か?」


 疑問文に見せかけた再びの命令、これにようやくプシュチナが頷く。


 そしてやっと中へと入った。


 足早に、ジグザグに、死体を避けて奥へと進む。


 無駄な運動、体力の浪費、人ごとだが、好ましいことではない。


 思いながら続くように、真っ直ぐ部屋を突き進む。


 その道中、一つ目をチラリと観察する。


 ……装備の類は残されてない。服はまだ無事だが血濡れている。それをわざわざ脱がすのは、時間がないだろう。


 早々に見切って奥へ、中へ、そして二つ目、前を通り過ぎる時にチラリと見る限り、血塗れは顔表見だけで、少なくとも潰されたわけではないらしい。おそらくは顔の皮を剥がされたようだった。


 だとしたら、それが死因ではないだろう。普通に考えれば死後のこと、つまり先のヒントは猟奇殺人鬼がいるということだけだった。


 使えない。


 前を通り過ぎ、滴る天窓と死体がの血溜まりを避けてドアへ、三つ目へ向かう。


 見た限り死因となった首の骨折以外は綺麗だ。これなら脱がしやすいだろうし、いざという時の包帯にもできる。


 思い、近寄った時、死体の尻の下、右側からはみ出る反射が目に入った。


 金属製、棒状、何かの柄、使えそうな何か、回収しにしゃがもうとする衝動を疑問が引き止める。


 首を折るのは、背後からの奇襲が基本だ。


 腕を顔に巻きつけ、顎に肘を挟んで引き上げ、引く。だとしたらこの死体はその後わざわざ座らせたことになる。なら、尻の下にあるものも見えてたはず。だとしたらこれは、罠?


「ひゃ!」


 もう一度のプシュチナの悲鳴、僅かな影の動き、若干の水音、何よりも罠への恐怖が体を動かしていた。


 振り向くと同時に右手のロングソードを横一閃、全力で振っていた。


 ……硬い手応えで止まる。


 銀の剣身に伝わる鮮血、流してるのは、肉切り包丁を振り上げていた右の二の腕、灰色の空間に吹き出る鮮血、吹き出してるのはグチャグチャの顔が乗る首筋からだった。


 一斬り、狙ったわけでもないが、危ないところを助かったようだった。


 ごとり、とまず肉切り包丁が落ち、続いてグチャグチャの顔がずるりと落ちた。


 そして現れたのはシワクチャなジジィの顔、歯抜けな口を半開きに見開いた目、それが白眼を向くや後ろへと倒れていった。


 溢れ出る血が波を作り、それが弱まり止まると、命も終わった。


 それを喜べないほど、心臓が跳ねていた。


 ……危なかった。


 死体に化けての奇襲、隠れるでもなく姿を現しながらも気付かれない、その演技力と豪胆さ、待ち続けてたであろう忍耐力、これまでとは桁違いに、強い。


 雑魚が淘汰され、残る強敵が、この先で煮詰まっている。


 笑えない。行きたくない。だけども逃げ道などありゃしない。


 進むしかない。


「先、見張ってろ」


 立ちすくむプシュチナへ命じてから、しゃがんで、今度こそ事切れたジジィの指をへし折って、肉切り包丁を取り上げた。


 ズシリとした刀身、片刃で肉厚、片手で扱える包丁ではあるが鉈や斧に近い。


 左手に持ちながら立ち上がり、軽く素振りして手応えを確かめれば、心臓が跳ねるのも、終わっていた。

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