過去は保留する

 結局その後は特に話も進展せず、学食からも追い出される時間となったため、今日のところは解散という流れになった。

 結局初瀬川も第三新聞部に入部ということになって、有真が嬉しそうに手を握っていた。

 初瀬川の方もまんざらでもなさそうで、これはこれで一つの解決となったのだろう。


 そして俺は今日も、一人で学生寮に向かって歩いている。

 遠見や初瀬川は【怪】らしく、帰宅ではなく別れたあとそのまま校舎の何処かへと消えていった。

 昇降口で有真とも別れ、校舎の脇から寮へと続く暗い道を、たった一人で歩く。

 それこそ、お化けでも出そうな暗く人気のない道だ。

 怖くはないが、妙に心細くなる。

 今向かっている学生寮も、寮といっても俺の他には誰もいないのだ。

 思えばあそこ自体が一つの謎である。

 しかし今は、どんな謎よりも大きな謎が一つポッカリと開いている。

『フム、なにか言いたそうだね。言いたいことがあるなら我慢せずに吐き出してしまうといい』

 すっかり姿を消したミラが、声だけでそう煽り立ててくる。

「お前は余計なことばかりしてくれると思っていただけだ」

 真実の全てではないが、少なくとも俺のその言葉には事実だけが込められていた。

『まあ、君の言い分もわからないことはない。ただ、私にも目的はあるし、これは君自身にも必ずしもマイナスばかりではないと思うがね』

「それとこれとは話は別だ」

『ああ、なるほど、君が本当に苛立っているのは、君の正体がバラされそうになっているからか』

「それは、少しだけ違う」

 その言葉に、俺の苛立ちが一瞬だけすっと消えて、とても静かにその声が出た。

『ほう、なにが違うというんだい』

「正体を探られること自体が嫌なんだよ」

 そしてその反動のように、押し殺していた感情をまとめて込めて吐き捨てる。

「それは、そこで語られているのは、俺じゃない……」

『やれやれ、またそれか』

 俺の情緒不安定さに呆れたのか、姿なきその声色はどこか気の抜けたものにも聞こえる。

『少なくとも私は、君の正体を知りたいと思っているし、そのために色々と探らせてもらう。たとえ君の気分を害することになってもね』

 きっぱりとそう言い切られ、俺は、反論の言葉もなくただそれを聞く。

『ハッキリと言ってしまえば、君の存在はメチャクチャだ。どの【怪】でもない怪としかいいようがない。君が本当に【学園の怪】なのかどうかはまだ判別がつかないが、どうあれ、これからの私たちの目的の中で重要なポジションとなることは間違いない。もはや君の意思にかかわりなくな。それは、自覚しておいてくれたまえよ』

 最後には諭すような口ぶりとなり、そこでミラの言葉は終わった。

 なにか言葉を返せば、またそれに対する反応はあっただろう。

 だが俺は、そこでこの会話を打ち切ることを選んだ。

 俺の過去の話は、もう少し、保留にしておきたい。

 そうして俺は、再び一人で暗い夜道を進んでいく。

 俺のこの学園での二日目は、こうして終わるのである。

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