古墳時代「国ができて大きなお墓を作る。」(3C後半~7C)

大きなお墓を作れるほどの権力者がいた。

=それなりの規模の集落・国ができた。身分の上下もあった。

副葬品のおかげで、当時の様子も少し分かる。

初期は祭祀者、中期は武人・大和政権、後期には有力庶民が、権力を持ってお墓を建てた。

大和政権は、地方の諸部族を従えて、ひとまとまりにした。

お墓だけでなく、庶民は縄文時代から竪穴式住居にすんでいるが、豪族は、濠をめぐらした居館に住んでいた。

渡来人を技術者集団にまとめた=韓鍛冶部(からかぬちべ)陶作部(すえつくりべ・陶器) 錦織部(にしごりべ/機織り/秦氏が伝える。) 鞍作部 

すべてまとめて「品部」国家機関。

統括するのは「伴造(とものみやつこ)」と部下の「伴(とも)」

渡来人がいろいろ伝えてくれた=論語(百済・王仁) 暦(百済・観勒) 

歴史書も作った=『帝紀』『旧辞』

地方豪族を支配下に置いた=氏としてまとめて、君や直(あたえ)の姓をあたえる。裏切りを防ぐために、子女を朝廷に出仕させた。有力な中央周辺の豪族には臣(おみ)や連(むらじ)の姓をあたえて、その中から大臣・側近を選んだ。(大臣・大連) 

土地と人民は朝廷と豪族で仲良く分けた=

大王の分→屯倉(みやけ・土地) 田部(たべ・農民)

豪族の分→田荘(たどころ・土地) 部曲(かきべ・農民)

【宗教】禊(みそぎ) 祓(はらえ) 祈年(にいなめ・春) 新嘗(としごい・収穫祭) 太占(ふとまに・鹿の骨を焼く) 盟神探湯(くかたち)

【お墓】埴輪と葺石、副葬品、権力なくしては作れない古代の大工事、という点が特徴。

大きな古墳と小さな群集墳に分かれ、時期によっても様々。重要な手掛かり。

 重要古墳は「江田船山古墳」(熊本)「ワカタケル」(=雄略天皇)の文字の刻まれた鉄剣が出土。

【筑紫国造磐井の乱】「国造(くにのみやつこ)」は、豪族に与えられた位。平定される。継体天皇時代。6C前半。

縄文 屈葬

弥生前後 甕棺墓(特に九州北部 甕なので必然的に屈葬が多い)

方形周溝墓(周りに濠をめぐらした墓穴 盛り土あり。弥生時代を通して見られる)

伸展葬

弥生中期~ 箱式石棺墓(西日本) 板石を箱型にする。

墳丘墓(西日本) 盛り土 古墳と同じだが弥生時代なので名前を変える。

支石墓(九州) 大石の周りに甕棺等がたくさん埋まる。石は全員用の墓石?

古墳前期   近畿中心 前方後円墳(鍵穴型)他

竪穴式石室・粘土槨

(竪穴式は、土を盛って石室を完全に封鎖する。粘土槨は、石室なしで粘土で覆う。いずれも1回しか使えないお墓。)

副葬品は呪術系。銅鏡等

円筒埴輪・葺石

「箸墓古墳」(奈良)

中期   全国に広がる 前方後円墳(巨大化・陪冢や濠もある)他

竪穴式石室 横穴式石室(出入り口を石でふさぐが、また追葬可能)

副葬品は武人系 刀剣、甲冑、冠等

形象埴輪(動物や人や家の形 かわいい)

「大仙陵古墳(仁徳陵)」(大阪 日本最大の前方後円墳)

後期 群集墳 山間部など 規模の小さい密集墓 

前方後円墳は小型化。

横穴式石室普及(再利用が一般化)

副葬品は、日常品(食器など)が交じる。

埴輪は、円筒も形象もどちらもたくさん使う。

「藤の木古墳」(奈良 金銅製の冠) 「吉見百穴」(埼玉 200の横穴墓)

________________________________________

*土器の種類

→土器は3種類ある。土色、赤色、灰色 縄文時代から古墳時代までの種類と名前。

土色(黒褐色) 縄文土器 縄文時代に使われる。主に祭祀用

縄目文様がついているので、「縄文土器」 厚手

赤色(赤褐色) 弥生土器 のちに土師器(古墳時代)

薄手。主に実用品。「弥生」の名前は発見場所の名前。

壺(貯蔵) 甕(煮炊き) 高坏(たかつき・盛り付け) 甑(こしき 米蒸し器)

灰色 朝鮮からの渡来人が作った「須恵器」(すえき)

灰色で硬質。これも実用品。こっちの方が土師器よりも硬い。

________________________________________

*中国&朝鮮との関係

日本は誕生の当初から大陸との関係が切れたことなし。

約100年に一度、中国の歴史書に登場し、そのたびに中国の国名も変わっている。

中国が歴史書に書いてくれているから、資料が残っているともいえる。

国名と時代の関係一覧。

紀元前1C 『漢書』地理志 倭人100余国 楽浪郡を介して使者を送る。

1C  『後漢書』東夷伝 光武帝が倭の奴国に金印を授ける。(実際に発見あり)

3C  『魏志』倭人伝 卑弥呼は鬼道に優れていた。帯方郡を介して使者を送る。銅鏡と金印をもらう。死ぬと後継者争いが起こり、宗女が立って、収まった。

4C  好太王碑文 倭国が高句麗と交戦した。

5C  『宋書』倭国伝 倭の5王が次々と中国に使いを送り、倭国王に任命された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る