第16話 付き合わされて…

「もう一度、学校に行きたい」

「えっ?」

「いや…もう一度高校に行きたい」

「無理でしょ」

「無理じゃない…受験すれば入れる」

「しても受からないでしょ」

「大丈夫だ、俺は歴史に詳しい」

(そうでもないだろ…)

「たとえば…軍艦って…」

「それ…入試に出ないから絶対」

「じゃあ…」

「うん…連立方程式とか今、解けるか?」

「大丈夫だ…俺は当時からまったく解けなかったんだから、今も解けなくても問題は無い」

「うん…どうゆう高校に行ってたんだ…」

「俺ん家はオマエ…由緒正しき農家なんだから農業一択でしょ」

「農業高校だって、試験はあっただろ」

「あったけど…方程式なんて解いた覚えがない…解けないし」

「じゃあ、入試に軍艦の問題があったか?」

「いやぁ~どうだろうな…あったんじゃねぇか?お前あったか?」

「ねぇよ…絶対にない」

「そうか…どうすれば、もう一度高校に行けるかな?」

「そもそもなんで高校なんだ?」

「ん?」

「大学とかじゃないのか?」

「うん」

「どうでもいいけど…諦めろ…宝くじに当たって、金と時間を持て余したなら考えればいい」

「そうか…俺、宝くじ買わないからな~」

「じゃあ、もう考えるな…時間の無駄だ」


「よし…そろそろ帰るか」

「あぁ…そうだな」

「桜雪…オメェは頭がいい」

「ん?」

「だから…自分が正しいと思うことを言うし、実際、正しいんだろう、けどさ…会社には、そうじゃねぇ奴もいるんだ。お前から見たら、歳取っただけの能無しってのもさ…でも、そういうのがいるから、お前みたいのが必要なんじゃねぇの?」

「なんの話だ?」

「よく事情は知らんけど…周りがバカだから、辞めるってんじゃなきゃいいけどさ」

「……そうじゃねぇよ…周りはバカも多いけど、人はいい連中だと思うよ…俺が辞めるのは給料だよ、上がる見込みがないからさ」

「そうか…ならいいんだ」

「それが言いたかったのか…」

「ん…うん」


『通』は口下手だ…実際はキレイに言えたわけじゃない。

 なんだか…支離滅裂で、時々、あーとか呻きながら僕に言っていたのだが…言いたいことはこんな事だったのだろうと思う。


「また、メシでも食おうぜ…約束だぞ…必ずだぞ」

「なんだよ…メシくらいで…必ずって?」

「ん…そうだな…辞めるにしても…ちゃんと連絡しろよ、なっ」

「あぁ…また連絡するよ…辞めたら、しばらくヒマになるし…誘うさ」

「おう…じゃあな、またな」

「あぁ…」


『通』は知っている。

 僕が、死のうとしていたことを…たぶん…。

 だから…メシに誘って…なんだかんだと引っ張り回したのだ。


 付き合ったのは僕じゃない…『通』のほうが、僕に付き合ったのだ。


 彼とは20年以上付き合っている。

 人間関係をリセットする癖がある僕に…ずっと付き合っているのだ。

 けして頭は良くない…努力もしないし…金使いも荒い。

 およそ人間として良い所は無い。


 だけど…『通』は根が優しい人間だと思う。

 いつも…誰かの心配をしているのだ。

 自分のことも満足に出来てないのに…人のことを気に掛ける男なのだ。


 僕とは違う…自分在りきで、つねに人に落胆させられて…そんな僕とは違う。

 たまに考える。

 僕は…なぜ、他人に距離を置かれるのか?

 それは、僕に問題があるんだと思う。


 だから、『通』のように距離感を計らない人間と知り合えたことは僕にとって大きな意味をもつのかもしれない。

『彼女』にしても…『通』にしても…僕の周りには少しだけ途切れさせたくない縁というものがある。


 僕に生きている意味があったとしたら…それは、彼らと知り合えたこと。

 きっと…今を生き難い人間通しの拙い絆、それでも…繋がれたことに意味があると思いたいのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『通』りた~んず(お湯ラーメン外伝) 桜雪 @sakurayuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ