第8話 宿敵 ローランド・ワナビーズ戦

 その日トミーは試合には帯同できず、お店でお留守番でした。

 いきなりレギュラーメンバーに入れるほど甘くはないのよ。プロの世界は。


 そんなわけで忙しい仕事を手伝ってもらわなきゃ、と思いきや、あいつ水晶玉がよく見える一番いい席に陣取ってるし! お客さんの迷惑になるでしょーが!


 確かに、気持ちはわからなくもないけどね。いつものウェイターの服じゃなく、チームの皮鎧に身を包んだその姿はいかにも「今日は俺、仕事しないぞ」って言ってるみたいでかなりムカつくけどさ。


 お客さんもノール・コロシアムに直接応援に行った人が多かったせいか、D&D戦の日の半分くらいしか席が埋まってない。まあ、試合が終わった後にどどっとなだれ込んできそうだけどね。


 で、相手のワナビーズなんだけど、ブラウザーバックス同様ドワーフ、ノーム、エルフ、人間の混成部隊。マネージャーは沈着冷静なアイスマンっていう、マスターと同じ世界から来た人らしい。


「奴は変態トラッパーだ。試合中に何を仕掛けてくるかわからん」


 ってマスターが控室で言ってたのを思い出す。変態ってなんですの? って聞いたら、変わった人らしくて、いろいろと話してもらったんだけどよくわからなかった。なんでも、マスターの元いた世界には飛行機っていう空を飛ぶ乗り物があって、遠くの国に遠征に行くときはそれに乗るらしいんだけど、アイスマンさんはそれに乗るのが怖いからって、延々と自動車に乗って行ったことがあるらしい。自動車っていうのは文字通り自分で操作する陸上を走る乗り物で、馬とかは使わないんだって。その話を聞いて私が、


「マスター、スポーツなんかしてないで、その飛行機とか自動車とかを作ってよ!」


 って言ったら「俺の才能はそんなことに使うためにあるんじゃねえ!」って怒られちゃった。


 あ、そうそう、そのアイスマンさんなんだけど、これがかっこいいナイスミドルなのよ! 変態とか言ったの誰よ! 色白で髪は後退してるけどめちゃめちゃ男らしいじゃないのよ! うちのマスターと体だけ取り換えてくれないかしら? 切実に思っちゃったわよ。ええ。



 あ、試合の方ね。そうそう、我らが赤き「ノールランド・ブラウザーバックス」とアイスマンさん率いる青き「ローランド・ワナビーズ」の一戦はノール・コロシアムで行われたんだけど、当日は雨だったのね。


 前半戦は、ラン主体のノーブラの攻撃が手堅く点数を積み重ねる一方で、パス主体のワナビーズの攻撃は悪天候と不安定な足元の影響のせいか、不発気味。ノーブラのリードで折り返したの。


 お店のお客さんも大喜び。トミーも水晶玉にかじりついて真剣に見てる。食事の注文もそれなりに入ったけど、トミーを呼ぶほどじゃないと思った私は一人で仕事を回していたの。


 すると、ハーフタイムショーが始まったのよ。ノーブラにはまだ専属チアリーダーチームがいなかったからワナビーズが連れてきた「ラウニィーズ」っていう人間主体のチアガールグループだったんだけど、前回のD&Dのエルフたちのとは違うアクロバティックなダンスが凄くて、トミーがガン見してた。一人で働いていた私に少し殺意が芽生えたわ。


 でもまあお客さんも喜んでるし、試合もこのまま勝ちきれば、って思っていたんだけどね、後半になって、ワナビーズが選手を入れ替えてきたのよ。変わって入ってきたのはなんとリザードマンだったの。


 リザードマンの手はそこまで器用じゃないけれど、強靭な肉体とパワーは凄くて、彼がボールを持って走ると屈強なノーブラのディフェンス陣もなかなか止めることができない。決して足が速いわけじゃないから何人かでタックルすればつぶせるんだけど、それでも重戦車のような彼をくい止めることは容易じゃなかったの。


 そうこうしているうちに試合が終盤戦に突入する。依然として勝っているものの、ラン攻撃に切り替えてきた相手の勢いに押され、守る時間の長くなったノーブラは流れをコントロールすることができなくなっていた。ワナビーズが時間をうまく使いながら徐々に追い上げてきて、ラスト2分というところで、渋い声が聞こえたの。


「代打、俺」


 なんと、アイスマンさんがキッカーとして名乗り出てきたの。そして、いきなりフィールドゴールを叩き込み、逆転……。


 頭を抱えるうちの観客たち。喜びに沸く水晶玉の中のワナビーズ応援団。まあ勝負事だし負ける時もあるよね、アイスマンさんに決められたんじゃ、あきらめもつくわ、なんて思っていた時、今度は別の声で、


「代打、俺」


 なんと、最終プレーでマスターが出てきたの! しかもフィールドゴールを選択したっぽい。あんた、アイスマンさんよりおっさんなのに、何ムキになってんのよ! しかもめちゃくちゃ距離あるじゃない! ってその時は思ったんだけど、よくよく考えたらマスター、現役の時はロングキックが得意だったらしいのよね。


 センターくんからスナップされたボールをジョンモンタナが地面にセット。そこに走りこんできたオーナーが相手のブロックをかわしながら蹴った。降りしきる雨の中をアーモンド形のボールはすごいスピードでかっ飛んでいき、ライナー性の軌道で吸い込まれるかのようにゴールの枠の中を通過していった。


 残り時間0秒(ランニングタイム)でのラストプレイで再逆転を喫したワナビーズ応援団はお通夜状態。一方のノーブラ側も得点が認められるのか、喜んで良いのかわからず、しばらく静まり返っていたの。


 その後、点数表示が切り替わって初めて、ノーブラが勝ったという実感が湧いたんだけど、あまりに劇的だったせいか、曇り空に稲光が走り出したせいか、それともゴールを決めたのがおっさんだったせいか、非常に微妙な空気で試合が終了する。お店の中もなぜかしみじみしちゃって、トミーは涙ぐんでた。


 最後にコロシアムのノーブラ応援団から沸き起こった「ブラバ!」コールはワナビーズたちとその応援団を痛く刺激したらしいけど、それでも両マネージャーと選手は互いの健闘をたたえあい、死闘は幕をおろしたのでした。

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