第37話 逃げ行く先にあったのは
「…出発する。乗れ」
バイクのエンジン音が鳴る側で、シェルトが私に告げる。
「う、うん…」
彼からヘルメットを受け取った私は、慣れない手つきでそれを身に着けた。
「…沙智。シェルト…道中、気をつけて」
「フタバ…いろいろとありがとうね」
フェルトの後ろにまたがった時、フタバが見送りに来てくれていたのである。
「…本当は、私も同行してあげたい所だけど…」
「確かに、腕としては申し分ないが、駄目だ。…奴らに
苦笑いをしながら述べるフタバに、恋人は却下の意思を示した。
この地で出会った魔術師一族の末裔・フタバとフェルトに出逢った私だったが、国立魔導研究所の連中に目をつけられたらしい。そのため、身の安全を考えて国を出る事となったのだ。彼らには
『ログイン出来ない以上、さっさとこの国を出て、行くはずだった
「う…うん…」
サティアの言葉に応えた直後、彼らが私を観察するように見つめている事に気がつく。
「…サティアと話していたの?」
「あ…うん」
フタバの問いかけが新鮮に感じたので、私はしどろもどろになりながら答えた。
というのも、これまで訪れた時代では人工知能自体が存在しなかったため、サティアを
こうしてフタバと挨拶をした後、私を乗せたバイクはスラム街を駆け抜けていく。
「
「うん!」
スラム街を抜けた後、バイクは荒れた道路から高速道路に到達する。
バイクって、こんなに風を切る気持ちよいものなんだな…
私はシェルトにつかまりながら、そんな事を考えていた。
ちなみに、今バイクを運転してくれているフェルトは、元・魔術兵という魔法が使える軍人だったらしい。どういう経緯でスラム街に住んでフタバと出逢ったのかは知らないが、戦闘の腕が相当すごいという事は、ログインしていない今でもよくわかる。
「お前…」
「えっ…?」
この時、シェルトの声が一瞬聞こえたが、走行中という事もあって聞き取る事ができなかった。
「っ!!」
「きゃっ!!?」
突然、何かを感じ取ったシェルトはハンドルを逆に回して急カーブの姿勢を取る。
その反動で、車体が大きく傾いた。
「危な…」
「捕まっていろ!!!」
もう少しで振り落とされそうだった私は愚痴をこぼそうとするが、彼の叫び声によってかき消されてしまう。
しかし、その余裕のなさそうな声に何かを感じ取った私は、先程よりも強くシェルトの体にしがみつく。
「くっ!!!」
そんな中、彼はハンドルを巧みに操作して、急カーブを繰り返す。
『あれは…魔法の跡!?』
サティアの声を聞いた途端、私は彼が何を避けているのかを悟る。
私たちが走っていた場所のコンクリートに、亀裂が入っていた。そこには僅かだが、衝撃波が放たれたような跡がある。
『…地面から魔術によって衝撃波を放ち、このバイクを転倒させようって腹かしら。…どうやら、敵とやらが仕掛けてきたのかも…』
「分析している場合じゃないって、サティア…!!!」
私は少し混乱しているせいもあってか、いつものように心の中での会話ができなくなっていた。
「しゃべるな!!…舌をかむぞ…っ!!」
私の叫び声を不快に感じたシェルトから、しかられてしまう。
そして、それとほぼ同時に私達の真横から発生したと思われる衝撃波を、急カーブによって避けた。こうやって乗せてもらっている身分なのでそれが当然と思うのかもしれないが、このようなやり方で敵の攻撃を避けるのは、普通なら容易ではないだろう。そこは、シェルトの運転技術が良いからできる芸当かもしれない。
…でも、これが魔法による攻撃だとしたら…全て避けきれるの!?
そんな不安が、私の頭の中によぎる。
彼は私を乗せてバイクを運転しているので、敵への反撃ができない。仮に私がログインできていたとしても、走りながら敵の気配を探るのは困難だろう。
「とにかく…振り切るぞ!!」
「わかっ…!!」
シェルトの
「ぐっ!!?」
首の後ろに強い衝撃を感じた私は、一瞬だけ瞳を閉じる。
再び
『この板みたいなの…まさか、磁石!!?』
サティアの声を聞いた途端、自分に何が起きたのかを悟る。私の首についているヴィンクラが、自分の体と密着している冷たい物質にくっついているのだ。しかし、強烈に密接しているのがヴィンクラの後ろの部分だけだったため、首を吊られているような状況であった。
「沙智…!!くそっ!!!」
真下からシェルトの叫び声が聞こえるが、彼には先程も放たれていた魔法のおかげで、私を助ける余地はなかった。
「この音…ヘリ…!!?」
聞いたことのある騒音と共に、吊り上げられた私の体が空高くへと飛び上がる。
目で確認する事はできないが、おそらくは強力な磁場を放つクレーンか何かを取り付けたヘリコプターが、磁力で私の首にあるヴィンクラを強制的に接着したのだろう。人間一人吊り上げてしまうくらいだから、魔術も行使されている可能性は高い。
首…痛い…よ…
魔法による補助があるとはいえ、今の私を支えているのは、強力な磁場を受けた首にあるヴィンクラのみ。直接掴まれている訳でなくても、窒息感を覚えるのは当然だ。
『沙智…!!!』
薄れていく意識の中で、首の痛みが消えたのを一瞬感じた。それによる安堵なのか、窒息死しかけたせいなのか―-----------私は、必然的に意識を失ってしまうのであった。
「っ…!!?」
突如視界に入ってきた光によって、私は完全に意識を取り戻す。
というのも、瞳は閉じたままだったが、意識は少し前から取り戻していた。しかし、周りで話す人たちは、私がまだ眠っていると勘違いしているようだとサティアが話してくれていたため、ある種の狸寝入りをしていたわけだ。
「ごきげんよう、緑山沙智君」
「貴方は…!!!」
瞳を開いて最初に見えたものは病院の手術室にあるような照明だったが、その直後に覗き込んできた顔を見て私は驚いた。
その声の正体は、フタバの所に居候していた時に出逢った、オルゴ・ミデアーラだったのである。
「奴らは少し手荒な方法を取っていたようですが…損傷はしていないようですね」
そう口にしながら、オルゴは私の首筋にあるヴィンクラに触れていた。
「魔術研究者とやらが…私なんかに、何の用…!!?」
この男がいる事で、今いる場所が何処かを悟った私は、鋭い視線で見上げながら口を開く。
「…フタバさんから聞いたようですね。まぁ、隠すべき身分ではないから良いですが…」
男はポーカーフェイスを崩さないまま、私の問いをはぐらかそうとする。
「とりあえず、話をする前にさっさと済ましてしまおう。…目隠しを」
「何する気…!!?」
研究者は、部下に目隠しを用意するよう命じる。
不審に思った私は起き上がって逃げ出そうとしたが、鎖のついたリストバンドのような物で両手両足が拘束されていたため、それはできなかった。次の言葉を紡ごうとした私に、彼の部下らしき男性が目隠しをしてきた。それによって、視界が一時的に真っ暗となる。
「痛っ…!!?」
目隠しされた直後は金属と金属がこすれあう音しか聞こえなかったが、突如首に感じた痛みによって、私は歯を食いしばった。
何も見えないので、彼らが何をしたのかがわからない。しかし、涼しく感じ始めた首筋と、痛みの直後に感じた脱力感で嫌な予感を覚える。
臓器補助機が…!!?
この脱力感は、考古学研究所でヴィンクラをはずしてもらった直後の感覚と似ていた。
「あっ…!!!」
どうやら私の読みは、嫌な形であたっていたらしい。
私に施された目隠しはすぐにはずされたが、オルゴがヴィンクラを両手で持っていたのを見て、先程の痛みが、ヴィンクラを外した時によるものだとわかったのである。
「”それ”が…狙いだったのね…!?」
「ん…?ああ、痛かったかな?ごめんごめん」
私の視線に気がついた研究者は、飄々とした口調でそう述べる。
私のヴィンクラを部下に預けた彼は、ゆっくりと近づき、私の目の前に立つ。
「その端末を外す方法は、最近発表したばかりだったからね。…君が暮らしていた所ほど、スムーズにはいかない」
「何を言っているの…!?」
その返答に対し、私は違和感を覚える。
いくら鈍い私でも、すぐにわかるような違和感。それはまるで、私が「他の時代から来ている事を知っている」と感じさせるような言動だったからだ。
ヴィンクラを外されたので、私の疑問を答えられる者はいない。完全に思考が止まってしまった私は、見開いた目で相手を見上げる事しかできなかった。
その様子を察したオルゴは、含み笑いを浮かべながらこう述べる。
「詳細を語ってあげた方がよさそうですね。まぁ、最初に言える事は…君は我々の”協力者”の手によって、この時代へたどり着くよう仕組まれていた…といった所かな」
「え…」
ただでさえ、事態を把握できていないのに、彼の一言はそんな私に更なる追い討ちをかけたのであった。
その後、今の
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