第36話 魔術とそれを行使する者

「…そこに隠れている人、こちらに出てきなさい」

フタバ達の元に訪れていた中年男性は、鋭い視線をこちらに向けていた。

…隠し通す訳にもいかないよね

緊張感が続く中で姿を見せるしかないと思った私は、恐る恐る開きかけだったドアのノブに手をかける。

「沙智…!」

私の姿が目に入った途端、フタバは目を丸くして驚き、シェルトは眉をひそめた。

「盗み聞きとは、あまりよろしくないね…施設の者かな?」

「…ああ、そうだ」

皮肉をこめた問いかけをしてきた男性に対し、シェルトが答える。

怪しまれないように、誤魔化してくれている…?

私はしどろもどろになりながら、その場の成り行きを見守る。中年男性はそんな私をまじまじと見つめてくる。おそらく、シェルトの返答に納得がいかないのだろう。しかし、これ以上ややこしくならないよう私も口をつぐんでいた為か、中年男性はゆっくりと立ち上がる。

「…では、フタバさん。例の件、良いお返事をお待ちしています」

彼女に向けてそう挨拶をした男性は、この場を後にするのであった。


「もう、本当にイライラする!あのイヤミメガネっ!!」

客人が去って早々、フタバが口にした台詞ことばがこれだった。

「落ち着け、フタバ」

そんな彼女をシェルトが宥める。

もしかして…シェルトとフタバって恋人同士なのかな…?

私はそんな事を考えながら、その場の成り行きを見守っていた。

『…でも、“イヤミメガネ”っていうあだ名は正しいかもね。沙智の事も変な目で見ていたし…胡散臭さ満載よね』

あ…!

頭の中にサティアの声が響いてきた途端、私は彼らに訊こうとしていた事を思い出す。

「…あの男性は一体…?」

「あー…。シェルト、話してもいいかしら?」

「本来は部外者に言う訳にはいかんが…“あいつ”に姿を見られたんだ。話すしかないだろ」

私の問いかけに対し、フタバは恐る恐るシェルトを見上げていた。

しかし、思いのほかシェルトがあっさり認めてくれたので、安堵しているようにも見える。

「あの男性はね、オルゴ・ミデアーラっていう魔術研究者で、国立魔導研究所の所員なのよ」

「“国立魔導研究所”…?」

「…あんた、そんな事も知らないのか?」

聞きなれない言葉に私が首を傾げると、シェルトがため息交じりで呟く。

そりゃあ、この時代の人間ではないもの。知る訳ないじゃない…

内心でそう思ったが、それを口にするわけにはいかなかった。

「まぁまぁ…。えっとね、国立魔導研究所はその名の通り、魔術について研究している国立の施設よ。そして、今日の魔術が一般の人間にも広がりつつあるのは、彼らの功績ともいえるの」

「一般の人間…」

「…これまで、魔術は特殊な血を引く者や一族しか使えないという場合ケースが多かった。しかし、そういった特殊な血筋でなくても魔術を使えるようになったという事だ」

「そうなんだ…。ちなみに、“私が顔を見られた”ってのは…?」

フタバやシェルトの話に頷きながら、私は話を本題に戻す。

切り返しの速さに二人も驚いたようだが、軽い咳ばらいをした後、シェルトが口を開く。

「奴…オルゴは、視覚に通じる魔術を得意とする。そのためなのか、一度その“目”で見た人間の顔と声をすぐに覚える事ができるらしい」

「なっ…!」

それを聞いた途端、一瞬だけ私は肩を震わせる。

私が驚きの素振りを見せた後、少しの間だけ沈黙が続く。その隙に彼らの表情を何となく観察してみた。最初にシェルトが言った口ぶりからして、あまり穏やかな話ではないというのは、どんなに鈍い人でもわかりそうな状況だった。

「ヤバいやつに、目を付けられた…って事だよね」

「あ…ああ。ただ…」

「ただ…?」

私が首を傾げると、シェルトは腕を組みながら考え事をしてしまう。

「…ねぇ、沙智。貴女って、魔術は使えるの?」

「え…いや、使えないよ?」

考え事をする彼の代わりに、フタバが私に問いかける。

それを特に迷うことなく答えた。

 今まで訪れた時代で、魔術を使用する時代ところはなかったからね。例えログインしていても、そう答えただろうな…

「そっか…」と小さく呟くフタバを尻目に、私はそんな事を考えていた。

そこから更に、沈黙が続く。こんな時はよく人工知能サティアが何かしら声をかけてくれる事が多いが、今は彼女自身も考え事をしているようで何も応えてくれない。

そして、皆が疑問と不安を抱える中、その日は終りを告げるのであった。



「…まさか、こんな所で風邪をひくとは…」

私は一人でそう呟きながら、部屋の天井を見上げていた。

あれから私は子供たちの世話やフタバの手伝いをする事を条件に、しばらく居候させてもらうことになった。それから1週間が経過し、孤児院の子供たちとも少しずつ仲良くなった最中、高熱で寝込んでしまったのである。

『むしろ、今まで体調崩さなかった方が珍しいけどね。何といってもあんたは、気候が全然違う時代を行き来しているんだし…』

サティアが言う言葉も最もである。そして、「体調を崩す」という人として当たり前の事を体験する事によって、自分も「普通の女の子」なのだと改めて実感するのであった。

いつからか覚えていないが、各々の時代で出会った人々との事を思い出してから、私は今自分がやっている事に対して少なからず疑問を抱くようになっていた。しかし、普段だとその心はサティアに気がつかれてしまうため、前回の里帰りで一人になったときに散々考えていたわけだが――――――――

『…どうしたの?ため息なんかついて…』

 …うん。そういえば、未だにログインできていないなとか思って…

黙り込んでいた私に対し、サティアが声をかけてきた。

『今は兎に角、風邪をさっさと治して外へ出れるようにしないと…ログイン相手にも出逢えないわよ?』

「…だね」

彼女にか細い声で答えると、私は再び部屋の天井を見上げた。


「えっ!!?」

瞳を閉じて眠りにつこうとした瞬間、私達は異変に気がつく。

一瞬感じた耳鳴り。特に何かがあるわけでもなさそうと考えた刹那、使っていた布団が突然動き出す。

「きゃっ!!」

白い何かが、私の顔面を覆う。

視界が真っ白になって驚いた私は、覆いかぶさってきた布団を剥がそうと暴れるが、はがせられない。

 何なの…これ…!!?

『まさか…魔法…!?』

頭の中に響くサティアに応える余裕がない私は、布団を剥がそうとベッドの中で転がりながら暴れるが、動けば動くほど、布団は私の身体に巻きついていく。

「っ…!!」

終いには、身動きできないくらい布団がきつく巻きついていた。

本来、ログインでもしていれば、異変に気がつく前に察知して避ける事もできただろう。しかし、今の私はログインしていない上に、体調が万全ではない。

 でも…誰がこんな…!!?

あまりにも突然で経験したことのない出来事が起きているため、私は声を出す余裕すらなかった。


「お前…!!?」

視界が真っ白い中、右肩辺りの方角から、聞き覚えのある声が響いてくる。

「シェルト…!!」

その声の正体がシェルトと気がついた途端、私はようやく声を出す事ができた。

「一体、誰が…!!?」

「わから…ないっ!とにかくこれ、何とかならない…!?」

「…ちっ」

この時彼は舌打ちをしたようだったが、それに対して不快に感じる余裕すら、今の私にはない。

「こういう系統の魔法ならば…」

ポツリと呟いたシェルト。

その間何をしているのかはわからなかったが、徐々に私の身体を締め付けている布団の威力が弱まってくるのを感じた。

「ごほっごほっ!!!」

ようやく布団を剥ぎ取る事に成功した私は、息苦しかったあまりにむせたような咳をする。

私の無事を確認したシェルトは、何やら構えていたと思われる腕を下ろしていた。

「っ…今の…は…?」

「…お前にかけられていたのは、念動力サイコキネスで布団を操り、狭い空間内を窒素で満たす魔法。そのため、俺の魔法で念動力サイコキネスを弱め、空気を入るようにした」

「これが…魔術…」

激しかった動悸がようやくおさまり、深呼吸した後に、私は再び口を開いた。

『状況からして、この男の仕業ではなさそうだけど…。一体、誰がこんな事を…?』

「おい」

「くっ!?」

サティアが呟いたのとほぼ同時に、青年の声が聴こえる。

そして、気がつくと、両腕を掴まれた状態でベッドの上に押し倒されていたのである。

「シェルト…!!?」

「…いいかげん、白状してもらおうか」

「!!」

低い声が頭上から響いた途端、私の背筋が凍りつく。

寡黙な青年なので声を張り上げたりはしないが、その静かな殺意に私は心底恐怖していた。

「さっきの魔法…。術者の顔は見たことないが、誰の仕業かはおおよそわかっている。…“奴ら”に狙われたお前は、本当は何者だ?」

「それ…は…」

私を見下ろす彼の瞳は、殺意で輝いているといわんばかりの鋭さを放っている。

また、本当の事を話せないという後ろめたさもあり、を合わせる事ができない。

「…何故黙る。記憶喪失ならば、“覚えていない”と言えばいいのに」

「思い当たる節が…見つからない…だけ」

か細い声で答えた私は、完全に彼の圧力プレッシャーに潰されていた。

身体を震わせ涙をこらえようとする姿に脱力したのか、シェルトはため息と共に掴んでいた手を放す。

「…何にせよ、ここに置いておくのは、得策ではないかもな」

「えっ…?」

突如呟いた言葉を聞きとる事ができず、身体の震えを気にしながら私は首を傾げた。

その後、沈黙が続く。


「…ひとまず、その量子型端末に潜んでいる“あなた”の話を聞きたいな」

「フタバ…!?」

その後、状況を見計らったのか、廊下に隠れていたと思われるフタバが部屋に入ってくる。

『量子型端末って…この女…!?』

彼女の一言には、流石の人工知能サティアも驚いていたようだ。

「沙智。貴女と出会ってから、貴女とは異なる“気”を同時に感じ取っていたの。シェルトや子供たちが放つ“気”は熟知していたし、貴女自身も他人ひととは異なるけど、ちゃんと人間のモノを感じていた。…だからかな?その端末に、人格が潜んでいるであろうと考えたのは…」

この一言を聞いた途端、私はもう言い逃れはできないだろうなと実感した。

サティアに…直接話してもらった方が…いいよね?

『納得いかないけど、今回ばかりは仕方ないわね。…あんたがログインできていないから、下手に動けないし…』

サティアの台詞ことばが了承の意を示すものだと悟った私は、ヴィンクラのミュートを外す操作をし始める。そんな私の仕草を、二人は黙って見守っていた。

『…ジャポニクスの末裔とやらは、機械に宿っている“気”も感じ取れるのね』

「!!貴様…!!?」

サティアの皮肉をこめた一言に、最初に反応を示したのがシェルトだった。

フタバも、私の首筋から声が響いたのには驚いただろうが、瞬きを数回しただけでさほど驚いているようには見えなかった。

「私が日本から渡米した魔術師の一族・ジャポニクスの末裔だと見抜いていたという事は…“貴女”、かなりの博識なのね」

『…人工知能だもの、当然でしょ』

サティアの皮肉じみた言葉に全く動揺せず、フタバは話す。

その雰囲気は、普段の穏やかな彼女とはまるで違う別人のようであった。

人工知能AI…か。ならば、その端末はそいつを入れておくための器って所か」

そこに、腕を組みながら考え事をしていたシェルトが加わる。

後に知る事となるが、この時代では魔術の発達と共に科学も少しずつだが私の暮らす現代へと近づきつつある。ヴィンクラは元々、アメリカが開発した代物。そのため、このヴィンクラの初代タイプが普及していたのも、この頃らしい。最も、当時は高級品だったので、使える人間は限られていた訳だが―――――――――――

『でも、こんな辺鄙な場所に住んでいる割には、いろいろ知っている風ね』

「…こうやって日常生活を送れるまで、いろんな事があったからね」

『ふーん…。まぁ、あんたに何があったなんて、興味ないからいいけど…』

サティアが言葉を濁した途端、フタバの視線が私に向く。

『だから、こっちの事情もあまり詮索しないでほしい。今現在で言える事は、私らはあんた達と敵対する意志はない。そして、沙智に何かあったら、容赦しない…この2点のみよ』

「サティア…」

彼女の強気な台詞ことばに、聞き役に徹していた私はつばを飲み込む。

考えてみれば、この時代は現代ほどでなくても、IT技術にあふれている。だから、人工知能サティアにとっては独壇場と言った所かしら…

内心では、そんな事を考えていた。

「貴様…」

「シェルト」

苛立ちを見せていたシェルトを、フタバが制止する。

そうして再び私の方へと振り向いた後、言葉を紡ぐ。

「…そうね。お互い、細かい詮索はしないようにしましょう。ただ…彼が言うように、ずっとここに置いてあげる訳にはいかないの」

「仕事の伝手で、密入国・出国のプロがいる。そいつに頼んで、この国を去ってもらうしかなさそうだな」

「手配…お願いしてもいいかな?」

「ああ。そうすれば、お前に危害が及ぶ事もないだろう」

「ん…」

二人の会話を聞いていたが、最後の方は少し意味新で理解できなかった。


こうして、サティアの口からオブラートに包んだ形で、私達の事がこの魔術師の2人に語られた。それに対し、私を狙った奴等の情報を得る事に成功する。こうして、私を国外へ出すための準備が着々と進み始めるのであった。また、実際に降り立つ予定だった時代ではない事もあり、この国を脱出したら、また時空超越探索機を使う事になるであろう。

しかし、私がこのスラム街を抜けだす事自体を敵にも読まれているとは、この時は露ほども考えていなかったのである。


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