Scene.53 逃避行

 誓約ゲッシュを主と交わし、力をつけた美歌は思う。


 さて、力はついた。だが腹が減った。まずは栄養補給しないと。肉の塊は悪魔達と交戦中の少女たちに突っ込んでいく。既に一方的な蹂躙じゅうりんで残り2名となっていた特別進学科生徒へ、とどめを刺した。

 驚くミストをよそに怪物は生き残っていた舞とアリアをつかみ……


「な、何だコイツは!?」

「来るな……来るなぁ!」

「姉ね! 助けてぇ!」


 恐怖で叫び声を上げる2人を雑巾のように絞って・・・・・・・・・噴き出した血を飲みほした。鈍いゲップを吐いた後、醜い肉の塊はそれにとって憎悪しか湧かない叩き潰すべき敵3つを見て、咆哮をあげる。


「美歌……美歌なのか!?」

「ええっ!? コイツが美歌!?」


 血がつながっているがゆえにその正体を何となく察する兄。狙いは間違いなく3人、いや「5人」の命だ。


乃亜のあ、真理。俺が時間を稼ぐから子供たちを!」


 ミストが乃亜と真理を逃がす。それが永遠の別れになるだろうと薄々気付きながら。




 猛獣のような叫び声を上げながら美歌が突進してくる! それに合わせて右の拳でカウンターの一撃を顔面に決めるが全く効いてる様子が無い。逆に腕を掴まれヒジの部分まで一口で喰われた。


「クソッ!」


 千切れた右腕を再生させつつ今度は距離を取り遠くから超高濃度の魔力を弾丸に込めたミニミ軽機関銃とRPG-7を撃つがこれもまた全然効いていない。

 銃弾を掻き分けミストに接近する化け物に彼女は今度は蹴りを食らわす。直撃を受けたにも関わらずやはり全くの無傷で、サマエルの力を物にしたミストですら全く歯が立たなかった。


 今度は化け物の番。上から拳を叩きつけ、ミストを地面に叩きつける。そして彼女の身体に拳の豪雨が叩きつけられ、液状に潰されていく。それを殴った衝撃で粉末状になったコンクリートと共に口の中へ吸い込んでいく。


 身体を8割を失いつつも欠けた部分を再生させるミストだったが、対峙して初めて分かった事実に彼女は安堵していた。


「……命の炎を感じる。コイツはあと80年は生きられる命を圧縮して燃やしている。こりゃ……勝てないな。うん。殺されるのが俺で……あの子たちじゃなくて……よかった」


 何とか上半身を再生させたミストが最初になぐられた衝撃で地面に転がって潰されなかったスマホを拾い、2人に伝える。


「乃亜……聞いてくれ……。アイツは……自分の寿命を……犠牲にしている……。俺の予想じゃあ……そう長くはもたない……。逃げろ……時間切れになるまで……逃げ続けるんだ……。それ以外に……勝てる方法は……無い……」


 スマホ越しに肉の塊が潰れる音が聞こえた。




「ミスト……マジかよ……」

「急ぎましょう! あの子たちが狙われる!」


 2人は自宅目がけて飛んで行った。

 到着するや我が子を抱き上げ父親と母親が自宅を出た直後、隕石が落ちてくるように肉の塊が天空から急降下し、アパートがあった場所にクレーターを作った。

 間一髪。

 あと数秒遅かったら赤子はチリひとつ残さずに粉砕されていただろう。


 アパート1棟をこの世から消滅させた美歌は駆除対象物の臭いを嗅ぎ、肉の翼を広げて飛び立っていった。




 一方その頃、逃げ出した2人は≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫で透明な状態のまま大宮駅から東北新幹線に乗り込み首都圏脱出を図っていた。真理の背中には優と愛が≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫の装甲を応用したクッションに包まれていた。

 念のために結界を張って子供たちの声が外部に漏れないようシャットアウトする。列車は何事も無く出発し、最高速度へと達する。


「何とかなったみたいね」

「とりあえず逃げ切れ……」


 逃げ切れるな。と言いかけたその時、時速250キロは出ている金属の塊に、時速700キロはあろうかという速度を出した巨大な肉の塊が衝突した。

 新幹線は大きくひしゃげ、脱線。死者を多数出す未曾有の大惨事となった。




「ううう……真理、大丈夫か?」

「私も子供たちも大丈夫」


 衝突からしばらくして、新幹線の残骸の中からお互いの事と子供の無事を確認した直後、もはや猛獣のような声をあげつつかつて天使 美歌だった物体は兄に襲いかかる。

 彼女はまず彼の足を踏みつけて動きを封じ、サンドバッグを殴るプロボクサーのように拳を撃ちこんでいく。≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫の装甲は完全にはがれ、内臓と筋肉が潰され混ぜ合わされていく。


「乃亜をはなしなさい!」


 真理が割って入ろうとするが怪物は大斧を素手で掴み、握りつぶす。とりあえず兄を先に片づけるのを優先するのか、それともおいめいといったお楽しみは最後まで取っておく主義なのか、怪物はそのまま乃亜への暴虐の限りを尽くす復讐を再開する。


 しばらく兄を殴り続けた化け物は渾身の一撃をクリーンヒットさせ、駆除対象物を吹っ飛ばす。怪物はそれを追いかけて地上に向けて叩き落とすという追撃をかける。

 着弾地点は新幹線の高架下近くにある学校の教室。≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫は完全にはがれ、骨と肉をシェイクされたペースト状になった乃亜だったが問題なく身体を再生させる。そのそばには……


「絹……先生!?」


 信じられない事に、かつての恩師がいた。どうやらここで定時性高校の教師をしているらしい。

 そんな2人を鼻をフゴフゴと動かし、乃亜の恩師から彼の臭いを感じ取ると化け物は不気味な笑みを浮かべる。肉の塊にとって駆除対象物が1人増えた瞬間であった。


「乃亜くん……? もしかしてあなた乃亜くんなの!?」

「絹先生。先生の事は、俺が守ります。だから、見ていてください。俺の……変身!」


 カッコつけて仮面ライダーのようにポーズをとると≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫、≪魔力集中リソース・コンセートレーション≫そして≪過剰強化オーバードーズ≫の3つの能力を重ねがけした。

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