Scene.50 ハロウィンテロ

 美歌の襲撃から2か月が経った。

 一時期は容体が深刻だった乃亜のあとミストの息子、優も治療の甲斐かいがあって元気になり退院。

 真理も乃亜との間にできた娘である愛を無事に産み、引っ越した先の家で新たな生活にようやくなじんできた頃だった。


「気を付けて乃亜。サバトは何か大きなことをしようとしているみたいだよ」


 裏の情報ネットワークを持つ真理やミストは、彼らが何かしようとしているのを察知していた。その不安どおり、何度か小競り合いをするだけだった奴らとの最後の戦いが待ち構えていた。




「……へぇ。あの連中も面白そうな事をやるじゃねえか」

「美歌。面白いなんていうものではありません。彼らの事ですから人の命がかかっている事ですよ?」


 傷が完治し、力を返してもらった彼女にザカリエルは呆れながら諭す。


「サバトが何か大きな事を計画しようとしているらしい」


 聖ルクレチア女学院も概要だけは把握しているが詳しくは分からない。だが、これまでとはけた違いにでかい事をしようとしている事だけは確かだ。




「麗……時はきた。今こそ歓喜に沸く人間たちの魂を刈り取る時だ。我が現世へ降臨する最後の詰めだ。ぬかるなよ」

「重々承知しております。サマエル様。必ずや貴方様を現世へと御降臨させましょう」


 夢と魔法の王国、と呼ばれる有数のテーマパーク。その日も今ではすっかり日本に定着したハロウィンパレードが行われていた。

 いつも通りの非日常を楽しむ客たちの前に突如、円陣を組む20名の程の男達が姿を現す。

 麗率いる精鋭たちが結界の中から現れ、ミニミ軽機関銃を向け、鉛の弾丸で出来た横殴りのシャワーをダダダダダという規則的な射撃音の重奏と共に浴びせた。


 後に「ハロウィンテロ事件」と呼ばれる未曾有のテロ事件の幕開けであった。


 麗からの指示と同時に駐車場に停めてあった20台近くの貸し切りバスの中からAK-47とRPG-7を持った男たちが次から次へと出てくる。

 彼らはメインエントランスと従業員用の出入り口から侵入、天井を破壊しガレキを作り封鎖する。

 パレードの騒ぎから逃げ出した客たちを次から次へと撃ち殺していった。乳飲み子を抱えたまま死んだ母親の中で泣いていたその赤子すら容赦なく射殺する。


 機転を利かせて従業員用の地下通路を使って客をを逃がそうとした者たちもまた、同じように出入り口を封鎖していたサバト構成員による鉛弾を食らって死んでいった。

 悪魔の下僕たちは容赦なく命を奪っていった。その魂でサマエルを降臨させるために。




「あいつら……こんなことを!」


 騒ぎをいち早く知ったザカリエルは特別進学科全員に指令を飛ばす。「サバトに立ち向かい、1人でも多くの命を救え」と。

 スマホのメッセージ機能が緊急事態を伝える。それは撮影が終わったばかりの美歌にももちろん伝わる。


「美歌ちゃんどうしたの?」

「ごめんなさい。ちょっと急用が出来たのでお先失礼します!」


(サバトの野郎の悪だくみか。暇だし乗ってやるか)




「来たか!」


 同時刻、聖ルクレチア女学院から漏れた情報をキャッチして乃亜達も動き出す。


「優、愛、ママたちは出かけるから大人しく寝ていてね」


 すやすやと眠る子供たちにそっと声をかけ、3人は夢と魔法の王国目がけて飛び立っていった。




「こ、これは……」


 神奈川県警察特殊部隊へと送られてきた現場の映像では夢と魔法の王国に銃声と悲鳴が絶え間なく鳴り響いていた。そのあまりにも現実離れしすぎた光景は選りすぐりの精鋭達でさえ「何かの撮影か?」と思わせてしまうほどだが、現実だ。


 現場にたどり着いた特殊部隊は従業員用出入り口とメインエントランスを制圧するために動き出す。

 だがそこにはガレキと防弾盾を壁にして立ちふさがるサバトの構成員たちがいた。彼らは容赦なくAK-47と対人用の榴弾を装填したRPG-7で抵抗する。


 入り口の封鎖人員が時間を稼いでいる間に麗は空を飛び、サマエルからもらった「闇を見通す目」で生存者を探し、地上部隊に指示を出す。一人でも多くの命を奪うために。




 一方、聖ルクレチア女学院特別進学科の生徒たちも駆けつけ、特殊部隊とは別にサバトに立ち向かう。

 銃の腕前が良いものは空中からサバトの戦闘員たちを狙撃していく。残りの者は現場に降り立ち、生存者を安全な場所まで誘導させる。幸い、魔法少女の様な恰好からハロウィンのコスプレか何かと思われており、客たちはあっさりとしたがってくれた。


 それとほぼ同時刻に乃亜たち3名も現場にたどり着き、施設内で暴れているテロリストたちの排除に向かう。


 精鋭たちは麗の魔力で強度を増した防弾ベストとヘルメットに身を包んでおり、人外の魔力が込められた銃弾を浴びてもものともしない。ミストの持つミニミ軽機関銃の弾すら効果は薄かった。


「真理! 俺が盾になる! お前は斧で仕留めろ!」


 ミストは魔力を全て防御に回し、彼女の盾となる。限界まで肉薄したところを真理は盾の後ろから跳び、彼女の魔力が結晶化した大斧で斬りつける。

 現代の防具は耐弾性に特化しており、刃物による斬撃には耐性がない。仮にあったとしてもせいぜいナイフで刺されたり切られたりする程度という前提で設計されており、真理の持つ大斧で斬りつけられた際には無力だった。

 息の合った2人は天使の加護を受けた少女達と共にテロリストたちを斬っていった。



 一方乃亜は上空にいる麗目がけてRPG-7をぶっ放す。

 RPG-7は発射時にバックブラストと言われる高熱のガスを大量に後方へ噴射するため、上に向けて撃つと生身の人間ならそれをまともに浴びて大やけどを負ってしまう。

 だが乃亜の場合は≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫による装甲で守られているため安心して撃てるのだ。

 本来なら対戦車用に使われるタンデム弾頭はいわば「2段構え」になっている。先頭の弾頭が麗の結界を破り、後方の弾頭が中身を傷つける。ホウキを失った彼女は地上へと墜落していった。

 その墜落地点に真っ先に駆け付けたのは、美歌だった。


「ツマンネエな。オレの楽しみまで全部奪いやがって」


 一番最後にやって来た彼女は活躍の場を一切用意してくれなかった事に愚痴る。せめてカッコ良くシメさせろと言わんばかりに魔女へ上から目線の口上を垂れる。


「残念だったな。あと少しあればサマエルの野郎を呼びだせたんじゃねえの? ほんの少し足りなかったな」

「ふふふ……そうね。逆に言えばあとほんの少しでサマエル様は現世に降臨できる。というわけね」


 マウンティングする美歌に対し麗はそう言うと自らの胸目がけて黒い光線を放った。


「これが……その……ほんの少し……」


 彼女はアスファルトの地面に倒れ、冷たくなっていった。

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