凶弾、そして鳴動

「さあ……貴女が再生の魔法の使用法を持っている事は分かっている。大人しく渡したまえ」


 ゲルリッツ少佐は今度はヘルマ校長に銃口を向けていた。


「ふん……なるほどのう……。という事は、やはりおぬしがザルツブルクに於ける民家爆撃の黒幕か」

「え……?」


 プリーネは己が耳を疑った。

 ザルツブルクに於ける民家爆撃……それは紛れもなくプリーネの実家の一件だ。

 しかし、周到に揉み消されたとはいえ、あれは事故だと聞いていた。それなのに……。


「ああ……アインホルンという男だったか……。奴は普通の人間でありながら、再生の魔法について研究をしていた。どうやら手掛かりを掴んでいた様でね……私も奴に再三、その情報を渡すよう迫ったのだが、愚かにも奴は頑なに拒み続けたのだ」


(お父さんが……再生の魔法について研究してたって……どうして?)


 ある時からお父さんが何かの研究に没頭している事は知っていた。けれど、何の研究をしているのか尋ねても教えては貰えなかった。

 お母さんに訊いても「何かしらねぇ」の一点張りだったし……。だが今思えば、お母さんも知らないふうを装っていただけだった気がする。

 それが『再生の魔法』に関する研究だったとは何の因果だったのだろうか? プリーネには理解できない。


「結局、奴はその情報を全てどこかに送った為に自分には何も残っていないなどとぬかしていたのだ。その点に関してはエステルライヒ国内だ。検閲記録を遡る事で貴女のところに送られていた事が分かったが……問題は奴が私の計画を知ってしまったという事だ」

「それで事が露見する前に事故に見せかけて始末したと……? 自ら計画を教えておいて随分と身勝手な……」


 ヘルマ校長の声には怒気が込められていた。

 静かに……実に静かにではあるが、彼女は怒り……しかし堪えていた。


「校長先生……それじゃあ、あたしのお父さんとお母さんは……」


 蚊の鳴くような声で尋ねようとすると、ヘルマ校長はプリーネに目配せし、かぶりを振った。

 恐らく、ゲルリッツ少佐はあの家の者が全て死んでいるものと思い込んでいる。両親を殺害した黒幕の前で、プリーネがあの現場の生き残りであるという事実を知られないように黙っていろ……という事なのだろう。


「さあ、アインホルンから手紙を受け取っているのだろう? 私に教えれば、この学校にいる全ての者達の安全は保障する」


 だが、その言葉にヘルマ校長は「ふふん」と鼻で笑う。


「そもそもおぬしは再生の魔法が何であるかも知らずに欲している様じゃのう。アレはおぬしが期待してるようなシロモノでは無いよ」

「ふん……そのような誤魔化しが私に通用するとでも?」


 ゲルリッツ少佐は再び拳銃のハンマーを倒した。


「わしに死なれては困るとか申しておきながら、銃を向けて恫喝か? 言ってる事とやってる事がちぐはぐじゃのう」

「そうかな?」


——パァン!


「がっ……!」


 潰れた様な声をあげ、ディルクがその場に尻もちをついた。


「ディルク!」


 ディルクは手で右肩を押さえ、苦痛に顔を歪めている。

 どうやら肩を撃たれたようだ。


「貴女でなくとも人質はいくらでもいるという事だ」


——ユルセナイ……


 プリーネは怒りに肩を震わせる。ゲルリッツ少佐を鋭い眼光で睨みつけた。


——ユルサナイ……


 手にしていたモップを後方へ放り投げた。そして……。


「おまえがぁぁぁぁぁぁっ‼︎」


 プリーネはゲルリッツ少佐に向かって走り出していた。

 ヘルマ校長が「待て!」と言って止めようとしていた様だが、もはやプリーネの耳には届いていなかった。

 何か有効な策だの手段などがある訳じゃない。ただ怒りに任せて突っ込んだ。

 が……一発の銃声がプリーネの足を止めた……。


「……あ……?」


 臍のやや左下——大腸の辺りになるだろうか? 堪え難いほどの熱さを感じる。

 手で触れると生温かいヌルッとした感触があった。

 押さえている手を離し顔の前まで持ち上げると、その手のひらは真っ赤に染まっていた。


「あ……う……」


 カタカタと両肩を震わせ、己れの下腹部に視線を落とす。

 白いブラウスに赤々とした染みが広がってゆく。その中心からはコポコポと鮮血が溢れ出ていた。


 初めは何が起きたのか理解できなかった。だが、ここへ来て自分が撃たれたのだという事をようやく悟った。


「か……は……」


 プリーネはその場にガクリと両膝をつく。

 心臓が早鐘を打つように脈打っているのがわかった。


——シンデシマウノ……?


 何かが……自分の声なのに、自分とは違う何かが頭の中で問いを投げかけた。


——シヌ? シヌ? シヌ?


 黒い……夜の闇よりも黒いヘドロの様なものが胸の奥から湧き上がり、それは血管を伝って全身へと広がって行く……そんな感覚に襲われる。

 同時に撃たれた傷の感覚が失われた。

 いや……痛覚だけではない。外部から受ける音や空気さえも感じられなくなった。

 ただ、体の奥底から湧き上がる黒いもの……そして響き渡る声だけが今いる自分の世界となっている。

 そこに己れの思考は存在しない。


——コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ?


 染まってゆく黒いものに、ただ身を委ねるだけ。


——ドクン!


 ひと際大きく心臓が脈打った。

 そしてプリーネは両膝をついたまま天を仰ぐ。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 プリーネの叫びがビリビリと大気を震わせた。

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