第八章 火事

 駅の構内で徹は父を待っていた。

「父ちゃんどうしたんだ……」

 九時はとっくに過ぎているのに、慎一はいつまで経っても姿を現さない。

「計画失敗したんだろうか?」

 不安で徹は落ち着かない、それよりも心配なのが可奈子のことである。

 無事に両親の元に帰れたのだろうか? 心配で居ても立ってもいられなくて……。徹は可奈子の様子を見るために、こっそり廃屋に帰ることにした。


 廃屋の周りの有刺鉄線を抜けて敷地に入ると、なぜか人の気配がしていた。

「あれれ、父ちゃんが帰ってきてるんか?」

 割れた窓ガラスから中に入ると、つんと鼻を刺す臭いがする。

「なんだ、このニオイは……?」

 部屋に入ると父がペットボトルに入った液体を部屋中にいていた。つんと鼻を刺すようなその異臭は、まぎれもなくの臭いだった。

「父ちゃん、なにやってるんだ!」

 驚いて、徹は大声で叫んだ!


「徹、失敗だ! サツの手がまわった!」

「このままじゃあ、父ちゃん捕まっちまう!」

「ちくしょう、ちくしょう! なにやっても上手くいかねぇー!」

 血迷った父は大声で叫びながら、部屋中にガソリンを撒いている。しかも酔って泥酔状態でいすいじょうたいである。心の弱い父は事が上手くいかないと、すぐにお酒に走る人間なのだ。


 電話ボックスにコインロッカーの鍵を取りに行った父は、遠くから電話ボックスの様子をうかがう男たちの姿を見てしまい勘で警察だと思った、それで怖くなって鍵も取らずに逃げ帰ったらしい。

 そして証拠を消すために廃屋を燃やそうとしている。

「徹、全部燃やして俺らは逃げるんだ!」

 そういうとダンボールの上にともしたロウソクを取ろうとした。

「父ちゃん! あの子はどうするだ?」

 押入れを開けると、そこには恐怖で引きつった可奈子がいた。


「その娘は俺らの顔を見てる! もう殺すしかねぇー」

 その言葉に驚愕きょうがくし、愕然がくぜんとなり、徹は言葉を失った……。まさか父が可奈子を殺そうと考えてるなんて……信じられない。

 あのとき、娘は殺さないって言ったくせに、父ちゃんの嘘つき!

「その娘ごと全部焼いちまうんだ!」

「可奈子は殺さないって言ったじゃないかっ!」

 ろうそくを持った父を止めようと徹は必死だった。

「父ちゃんの嘘つき! ダメだ! 絶対にダメだぁー!」

 しばらく、父と揉みあったが殴られてはじき飛ばされた。父は押入れから可奈子を引きずり出すと、ガソリンを掛けようした。片手には火のついたロウソクを握っている。

 その光景を見た瞬間、徹の頭は真っ白になった!

「可奈子が殺される!」

 徹は満身まんしんの力を込めて、父に体当たりをした。

「やめろー!!」

 その勢いにもんどり打って父は壁に激突して倒れた。その時、手に持っていたガソリンが着衣にかかり、ロウソクの火が引火して、あっという間に、父は炎に包まれた!

「父ちゃん!」

 徹は絶叫した! しかし炎が激しくどうすることも出来ない。

 やがて、火は部屋中に燃え広がった。早く逃げないと火に巻かれて焼け死んでしまう、とっさにやかんの水を可奈子にぶっかけ、腕を掴んで必死で徹は逃げた!

《あの時、足を縛らなくて良かった……》

 振り返った時、炎の中で火ダルマになった父が、断末魔だんまつまの叫び声をあげながら、徹たちを追いかけてくるように見えた。

 ――その光景はずっとずっと後まで、悪夢となって追いかけてきた。

 火の中をくぐり、可奈子とふたり外へ逃げ出した……。


 力尽きて気を失う瞬間、徹は誰かの声を聞いたように思った。薄れいく意識の中で誰かが必死で自分の名前を呼んでいた。

 あれは可奈子の声だったのかもしれない……。

「可奈子……」

 徹は気を失った……。

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