第15話 邂逅

 今年の『東京ギャルズコレクション』は横浜アリーナ行われた。其田と舞子は門田の運転で会場に向かった。其田は内心、

(横浜でやるんだったら『TGC』じゃなくて『YGC』じゃないのか。まあ、舞浜の『東京ネズミンランド』みたいなものか)

と、とりとめのないことを考えていた。アリーナに近づく。すると客の大行列ができていた。会場は全席指定のはずだったが。其田が門田に聞くと、

「ああ、モデルのオリジナルグッズを買い求める行列ですよ。いずれ、舞子くんのグッズも求められるようになるでしょう」

と答えた。舞子は車窓を見つめ、何も言わなかった。

 関係者入り口には、少しでも近くでモデルたちを見ようという野次馬でごった返していた。女子の集団の中にはカメラ小僧も混ざっていた。出演するアイドルを取ろうというのであろう。その中の一人が、

「あっ、水沢舞子だ」

と声をあげた。シャッター音が響く。

「可愛い」

「美人ね」

 と女子たちもざわつく。

(舞子も有名になったものだ)

 と其田は感慨深く思った。


 控え室には『モンサンミッシェル』の女子社員と舞子だけが入った。其田と門田は関係者席で舞子を見守ることとなる。舞子が控え室に入ると、そこは戦場のようだった。大勢のモデルと付き人がメイク席を奪い合うように取っている。

「舞子ちゃん、メイクは?」

 社員の野田幸子のだ・さちこさんが尋ねる。

「したことありません」

 舞子が答える。

「すっぴんでも舞子ちゃんは透明感があって美人だからね。でも、ちょっとしてみようか? 衣装に映えるように、うっすらとね」

「はい」

 野田さんは化粧箱を取り出して、舞子にメークを施した。

「見てみて」

 鏡を取り出す。

「なんだか、別人みたいです。でも、嬉しい」

「そう。私も嬉しいわ」

 野田さんはニッコリした。その時。

「舞子ちゃん?」

 と誰かが声をかけてきた。

「やっぱり、舞子ちゃんだ」

「純子ちゃん?」

 それは、黒上純子だった。四年ぶりの再会である。

「そうよ、純子よ。久しぶりね。元気だった? もちろん元気よね。写真集見たわ。すごかった」

「ありがとう。純子ちゃんも頑張ってるね」

「確かに頑張っているわ。でもまだ子役扱い。来年は高校生なんだから、一人前の女優として扱ってほしいわ」

「女優……」

「舞子ちゃんは芝居の仕事しないの? モデルとしてやっていくの?」

「女優に、女優になる」

「じゃあ、ライバルね。お互い頑張りましょう」

 そう言うと、純子は去っていった。その姿には優越感を感じる。

「このままじゃいけない」

 舞子は唇を噛んだ。口紅が少し剥がれた。


 控え室にはもう一人、見知った顔がいた。雑誌『ニコル』の専属モデルを辞め、ライバル誌の『ポップコーン』に移籍した島津彩である。『ポップコーン』には黒上純子が絶対的なエースとして君臨しているため、彩は二番手扱いされている。それが悔しい。『ニコル』では自分がエースだったのだ。それが舞子の登場で一気に情勢が変わった。『ニコル』を自分が辞める原因になったのは舞子だと彩は逆恨みしていた。だから当然、挨拶なんてしない。それどころか、ずっと舞子を睨み続けていた。しかし、舞子は気にもとめていない。それどころか彩という人間の存在をすっかり忘れていた。ちょっとそれは無いんじゃないかとも感じるが……


「野田さん……」

 舞子が小さな声で囁いた。

「なあに?」

「ト、トイレはどこですか?」

「まあ、お人形さんみたいな子でもトイレに行くのね。ふふふ、冗談、冗談。遠いから案内してあげるわ。ついてらっしゃい」

 二人は控え室から出て言った。テーブルには衣装が出しっぱなしにしてあった。

 彩はそれを目ざとく見つけた。彼女の行動は素早かった。誰にも気がつかれないように舞子の衣装に近づくと、テーブルにあったカッターで衣装を切り裂いた。そして何事もなかったように、自分の席に戻った。そして一人、ほくそ笑んだ。


 異変に気付いたのは舞子だった。

「ああ、衣装が……」

 珍しく、舞子が感情をあらわにした。

「野田さん、衣装が切られてる!」

「そうね」

 野田は冷静だった。

「大丈夫よ、舞子ちゃん。心配しないで」

「でも」

「ファッションモデルの世界は嫉妬の坩堝なの。こんなこと日常茶飯事だわ」

 野田はそういうと、背負っていたデイバッグを下ろした。そしてチャックを開ける。中から出て来たのは、

「ああ、衣装だ」

舞子はホッとした。

「衣装のサブを持ってくるのは業界の常識よ。それを知らないなんて、犯人は子供ね。舞子ちゃん、心当たりある?」

「いいえ」

 彩の存在など、気にもかけない舞子だった。

「とりあえず、運営に連絡しましょう。防犯カメラに映っているかもしれない」

「着替え場所なのに防犯カメラが付いているんですか?」

「モデルはそんなこと気にしないわ」


 彩は自分の席で涙を浮かべ、青白い顔をしていた。


 ステージが開幕した。

「みなさん、こんばんみー、おなじみ、ポコ太郎でございます。今日は司会をさせていただきマンボ」

「同じく司会の佐藤綾子です。よろしくお願いします」

 司会の自己紹介の後はいきなり、人気ロックバンド『フラフープ』のシークレットライブだ。盛り上がる観客。

 ついにメインが始まった。人気モデルやタレントがランウェイを歩く。フラッシュがきらめく。そして黒上純子の順番になった。颯爽と歩く純子。中学三年生とは思えない、大人びたポーズを決める。

「純子ちゃん、かっこいい」

 舞子がつぶやく。

「舞子ちゃんだって、かっこいいよ。行っといで」

「野田さん」

「なあに?」

「あたし、緊張して、ハイヒールじゃ歩けない」

「ええっ?」

「どうしよう?」

「ええい、もう裸足で歩け!」

「はい」

 舞子は裸足でランウェイを歩いた。客席からは驚きの声が上がる。しかし、これも演出の一つだろうと、みな考え、盛大な拍手を送った。


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