第14話 東京ギャルズコレクション

 其田事務所に、その電話がかかって来たのは春うららかな午後だった。うつらうつらと午睡をしていた其田は受話器を慌てて取り、

「ふぁい、其田事務所」

と眠いまなこをこすって応答した。相手はアパレルメーカー『モンサンミッシェル』のチーフデザイナー門田隆光かどた・たかみつと名乗った。

「『モンサンミッシェル』はあ?」

 ファッションに疎い其田は『モンサンミッシェル』が新進気鋭の女性服メーカーであることを知らなかった。そして寝ぼけていたので、てっきり電話勧誘だと思った其田は、「アパレルメーカー」「チーフデザイナー」という肝心なところを聞き逃していた。なので、

「間に合ってます」

と言って電話を切ってしまった。

「モンサンミッシェルってフランスの修道院だろ。海外旅行なんてしている、金も暇もないっていうの!」

 すると事務員の夕凪今日子ゆうなぎ・きょうこが、

「社長、『モンサンミッシェル』って洋服のブランド名ですよ」

と其田に教えた。

「洋服のブランド? ウチになんの関係があるん……あっ、舞子か!」

 其田は慌てた。しかし、時すでに遅し。再び電話がかかってくることはなかった。


 翌日、新調社の舞子担当、桐野明子きりの・あきこが門田を伴って其田事務所を訪れた。事前に連絡をもらっていた其田は土下座せんばかりの勢いで門田に謝罪した。門田が超一流のファッションデザイナーであることをネットで調べたのだ。門田は謝罪を笑って受け流した。経営者としての側面を持つ門田は、感情のコントロールができるようだ。

「ところで、なんのご用でしょうか? 舞子のことだとは薄々わかりますが」

 其田が尋ねる。

「其田さんは『東京ギャルズコレクション』略して『TGC』というものをご存知ですか?」

 門田が聞く。

「いやあ、知りません」

「言って見れば、女の子のためのファッションショーです。普通のファッションショーと違うのはランウェイでモデルが着た衣装を物販したり、ステージでシークレットライブをするなど、お祭り騒ぎになることです」

「なるほど」

「そして、お願いしたいのは、舞子くんに私どもの新作を着て、ランウェイを歩いてもらいたいのです」

「はあ」

「いかがでしょう?」

「それなんですがね。舞子は正直申し上げて、モデルの仕事を嫌っております。女優志望なんです。それに極度の緊張症で、ランウェイですか、それをまともに歩けるかどうか」

「なに、緊張症のモデルはたくさんいますよ。それに大観衆の中を歩けば気分爽快になります」

「そうですか……私としては舞子と相談して、舞子の意思を尊重してあげたいと思います」

「わかりました。良い答えを期待しています」

 そういうと門田は帰って行った。


 其田は舞子を説得するのに、正面からでなく搦め手から攻め入った。

「舞子、お前緊張症を治したいとは思わないか?」

 そう、其田は切り出した。

「思います」

 舞子は素直に答えた。

「緊張症を治すにはどうしたらいいと思う?」

「わかりません」

「わからないか?」

「大勢の前で歌を歌うことですか?」

「ははは、いい線を行っている。でも歌を歌う必要はない。ただ、大勢の前を歩くだけでいいんだ」

「歩くだけ?」

「そうだ。そうすれば度胸がつくし、見られることが快感に変わる。緊張症ともおさらばというわけだ」

「大勢の人の前を歩く仕事が来たんですね」

「えっ、ああ正直に言ってしまえばそうだ。舞子は人の心を読むのが得意だな」

「いいえ」

「まあいい。仕事というのは『東京ギャルズコレクション』のランウェイを歩くことだ。ただ歩けばいい。簡単だろ」

「あたしはモデルさんの歩き方を知りません」

「そんなこと、気にしなくてもいい。『TGC』はモデルじゃないタレントも大勢出演する。歩き方なんて自由でいいんだ」

 其田は門田に教えてもらった付け焼刃の知識で『TGC』を語った。

「それは、女優のオファーが来るような仕事ですか?」

 舞子は尋ねた。

「来るさ。『TGC』には芸能関係者も大勢来る。舞子の魅力に気づく者もたくさんいるはずだ」

「そうですか……」

「乗り気でないのか? 俺は無理強いはしないよ」

「……やります」

「そうか! よく言った」

 其田は早速『モンサンミッシェル』の門田に連絡を取った。


 其田と舞子は『モンサンミッシェル』東京本社に着ていた。衣装の打ち合わせをするためである。舞子を見た門田は思わず、

「写真よりも数倍美しい」

と感嘆した。舞子に惚れてしまったのである。しかし、舞子はまだ中学生である。それが新進気鋭のデザイナーを魅了してしまう。これがフォトグラファーの入来が言った、舞子の持つ魔性であろうか?

「舞子くんには私の作ったオーダーメイドの服を着てもらいます。そのための採寸を」

 舞子は女性スタッフに連れられ、別室に去った。舞子がいなくなると門田は其田にこう持ちかけた。

「舞子くんをウチの専属モデルにしたい」

 其田はこう返した。

「ありがたいお話ですが、最前もいいました通り、舞子はモデルを嫌っています。舞子の望みは女優になることです。そのお話はお受けし難い」

「ならば、舞子くんの衣装を私共が一手に引き受けます。お金はいただきません」

「しかし、スポンサーとの兼ね合いがありますから」

「可能な限りで結構です。私は舞子くんの魅力にとりつかれました」

「ありがとうございます。しかし、舞子はまだ子供ですから。これからどうなるかわかるものではありませんよ」

「いや、一流の女優、一流の女性になること間違い無いです」

 門田は太鼓判を押した。


 一週間後、舞子の衣装ができた。ワインレッドのワンピース。グッと大人びて見える舞子。『東京ギャルズコレクション』が開かれるのはその三日後である。

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