第21話 名は桔梗

「はっ、じっ、めますてウガっ!」


 テンパりすぎた女の子は、ぐったりしている彩友香にものすごい勢いで噛んだ挨拶をした。


「あの……ツインテールさん? 彩友香は聞いてないみたいですけど」

「ええっ!!」


 彩友香はケツプリさんに抱きかかえられて、気を失っているようだった。

 そしてケツプリさんは、彩友香をそっと床に寝かせる。


「いやあ、ハッハッハ! つい勇者だと思うと指導に気合が入りすぎてな! フヌッ! かなり筋のいい勇者であった。アウッ!!」


 ムキムキポーズを取りながら、ケツプリさんは彩友香が短期間で勇者修行を終えたことを俺たちに説明する。


「この娘は素早さと身軽さが武器だ。ソレッ! なので筋力を上げる必要があったそなたらのように時間がかかることはなかったんだよ! ハァイッ! 勇者の心得も若干違ってはいたようだが、ある程度出来ていたので楽であったよ。ムヌッ!」


 やっぱりあれだ、ケツプリさんの話は半分しか入ってこない。

 でも彩友香の修行は終わったとのことで、あとは戻って影を生み出している謎のボスを倒すだけだ。



「むぐはっ!! ね、寝坊した――――!!」

「あ、おはよう彩友香」

「はじめみゃしてっ!! あ、あにょ――」


 いや、落ち着こう、ツインテールの女の子よ。

 俺は彩友香がぼーっとしている今の間に、女の子に深呼吸することを勧めた。


「ヒッヒッフー!! ヒッヒッフー!!」


 それラマーズ法ですし。

 しかし龍族って、シアンみたいに落ち着いてるってわけでもないのね。


「おお、君がこの勇者の担当になったのだな。ムムッ! わしの叔父のかたきをとってくれよ。アハイッ!」


 深呼吸とケツプリさんの励ましにより、女の子は落ち着きを取り戻したようだ。でも顔は真っ赤なままだけど。


「あの、わたし彩友香さまの担当になった龍です。その、名前を決めてください」


 ぼーっとしたままの彩友香。

 ツインテールの子は彩友香とは対照的に、顔が上気していて目がキラッキラで期待に溢れた顔だ。

 ……まさかとんでもない名前をつけるんじゃないだろうな。


「ん――――? 名前?」

「はははいっ!」


 彩友香が、どこを見るでもなく目線を彷徨わせる。どうやら頭があまり働いていないようだった。


「え――――っと『ききょう』でどうかな?」

「あ、ありがとうございますっ! 今日からわたしは『ききょう』です!」


 漢字で書くと桔梗だよ、と彩友香はボケっとしながらも女の子に教えていた。由来は彩友香が好きな花の名前であり、女の子の髪の毛の色がそれに似ているからだ、と話していた。くそ、なにか俺が格別に安直過ぎる名前をつけた気がする。


「で、桔梗ちゃんはあたしの手下になるわけだよね?」

「はいっ! その通りですっ!」


 いやそれは違うだろ! 少なくとも俺はシアンを手下だとは思ったことはないぞ。と思ったけど、桔梗も彩友香もなんだか楽しそうだったので、そっとしておいた。



 キャイキャイはしゃいでいる女子2人は放っておいて、俺はひとつ気になることをタローに聞くことにした。


「あのさ、あの子にタローが言い寄られたとき「ボ、ボクの弟子になって!!」ってならなかったの?」

「あ、あの、そうですね。そう言えばボク、そんな気持ちにはならなかったんですよね。なんでなんでしょうね」

「いや俺に聞かれてもわかんないよ」


 今までのタローの実績からすると執拗に女子の着替えを見ようとしたり、すぐに弟子にしておにいちゃんとか呼ばれて……という妄想に走っていたはずだ。


「うーん、あまりにも小さな子だったからなのかなぁ。それともあかねんに悪いと思うようになったのかな」


 タローはおかしいな、と首をかしげているだけだった。

 まあ、タローにも苦手とする女子がいるのかもしれない。

 そんなタローへの考察はどうでもいいや、で終わった。



 ちょうどそこへ、ドラジェさんがすうっと現れる。


「和哉さま、遅れました。少し手続きを行っておりまして、もう向こうへ戻れるのですが、少しお話したいことがあります」


 そう言って、ドラジェさんは俺たち全員を集める。


「まず、彩友香さまのステータス画面などは使えません。それは……」

「……わかってるべ。あたしにはスマホがないから」


 切なく彩友香は言った。


「忍成村のことが落ち着いたら買いにいけばいいよ。電波はまあ……wifi使えばなんとかなるよ」

「そ、そうだべか」


 ちょっとだけ顔を輝かせる彩友香。

 スマホをゲットしたら、俺たちと同じ田舎ファンタジアのアプリを入れようぜ、と励ますことにした。


「あとは、彩友香さまの武器なのですが強化が間に合わないため、一度こちらで預りたいのです。強化が終わり次第、そちらにお届けしますので」


 ドラジェさんがそのまま武器を預り、ジェードさんに依頼し強化するらしい。


「ええー、まだその武器は使えないのかぁ」


 さらに彩友香はがっかりする。

 ここに移動させられて、ケツプリさんにしごかれただけの彩友香にはあまりご褒美がないようだった。

 ドラジェさんは少し目を伏せて、申し訳なさそうな顔をしているが、俺たちに伝えたいことがもう1件あったようで、それを口にする。


「この子……桔梗は龍族の中でも有数の魔力の持ち主です。この齢でその髪の毛の長さは今までになかったぐらいなのです。だから……」


 この子の魔力をうまく使用し、ぜひとも勝って下さいね。とドラジェさんは俺たちを励ました。


「わ、わかったべ。みんなで頑張るべ!」

「おう、影のボスなんざ速攻この武器で叩いてミンチにしてやんぜ」

「うん、頑張ろう!」

「ボ、ボクも協力します!」


 俺たち4人はドラジェさんにすぐに返事したけど、桔梗の返事だけがなかった。


「あ、あの……わたしにそんな大役ができるんでしょうか?」


 自信なさげにうつむきながら話す桔梗。

 その桔梗の頭を優しく撫でるドラジェさん。


「龍脈の力はかなり弱まっていますが、あなたの魔力なら、大丈夫」



 ドラジェさんに見送られながら、俺たちは龍脈をあとにすることにした。

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