第5話 ハリセンじいちゃん

「じ、じいひゃんっ……」


 舌を噛んだのか、涙目になって彩友香と呼ばれた女性は、ハリセンで叩かれた頭を抱えながらおじいさんを睨む。


「麻酔を生半可に使うんじゃない。これは罰じゃ。さあ、そこの青年に謝りなさい」

「うっ……ご、ごめんなひゃい」


 いやいや謝ったのか、それとも舌を噛んで言葉がおぼつかないのか、彩友香と呼ばれた女性は俺に頭を下げる。手は叩かれた場所を抑えながらだけど。

 あっけにとられた俺が無言でいると、


「あ、謝ったんだからなんとかいいなひゃいよ!」


 スパ――――ン!!


 じいちゃん、容赦ないな。

 今度こそ彩友香が本気泣きをしたようで、床に突っ伏してうう――! と泣いている。……なんかすごくめんどくさい。


「青年さん……いや、名はなんと申すのじゃ?」

「あ、鈴成和哉と申します」


 ハリセンじいちゃんは俺の名を聞くと、穏やかな顔で頷く。


「では、君が噂になっていた勇者と言われる御方か」

「だからっ……コイツが悪者なんだよっ! ぐすっ。じいちゃんはそれがわからないんだようう……」


 いや、いきなり悪者とか言われても意味がわかりません。まだ勇者と言われるほうがわかりますよ。と俺は自然に考えてしまい、勇者が板についてきたことに愕然とし、落ち込んだ。


「はぁ……」


 ため息も出るよね。



 彩友香には黙ってるように、と言い聞かせ、じいちゃんはハリセンを右手に持ち、彩友香に脅しをかける。その眼光の鋭さは歴戦の戦士のようであった。


「申し訳ない。儂の孫が不甲斐ないばっかりで、勇者さまには迷惑をかけたようじゃ。だが、こうして会えたことは儂たちにも、勇者さまたちにとっても幸運だったかもしれん」


 そう前置きをして、ハリセンじいちゃんは忍成村の現状を教えてくれた。


「最初は、黒い影のようなものが現れだしたのが始まりじゃった……」


 その黒い影は真っ黒な実体を持つようになり、村外れの田んぼが荒らされるようになった。次第にその黒い影は集落にも少しづつ出現するようになり、忍成村にいる駐在さんが、村人に襲いかかろうとした黒い影に銃を撃ったそうだ。

 銃に撃たれた黒い影はその場で霧散し消えたのだが、そのことを県警本部に報告してくると言って駐在さんは村を出て、そのあとは戻ってこなかったらしい。


「おい、和哉よぉ、もしかして……」

「うん。あの……村の異常を外部に知らせるといって出ていった人は全員戻ってきてませんよね?」


 俺がハリセンじいちゃんに問いかけると、じいちゃんは深刻な顔をして頷いた。


「そうじゃ。そしてもっと厄介なのが、村の全世帯をまとめた電話線の電信柱が3ヶ月前に雷に打たれたのじゃ」


 家の電話が使えないということか。

 以前より携帯電話やスマホが普及したとはいえ、ここの村は高齢化が進んでいるという話だったから、家の電話はかなりの生命線だろう。


「それを直すためにも外部へ連絡する方法はあったのでは?」

「村の青年団が直接NTTへ出向いたのだが、駐在さんとおなじように戻ってこなかったのじゃ」


 ハッと気づき、俺は思い立ってスマホを確認する。


「……うわ、ここ電波つながらないんですね」


 スマホには圏外と表示されている。機種の問題かと思いミカゲのスマホも確認するが、同じく圏外だった。

 そんな俺たちのスマホを、彩友香はキラキラとした目で見ている。


「それ! スマホっていうやつだべ!!!」


 スパ――――ン!!!


 哀れな彩友香は、ハリセンじいちゃんにクリティカルダメージを受けたのであった。

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