第2話 フェアレディZ

 シアンにちょっと出向してくる、と言ったあとはふさぎ込んで大変だった。


 自室に篭りっきりになってしまい、初日は必死に俺と母さんでシアンに「出てきて」と懇願したのだがシアンは究極に拗ねていたらしく、ぴっちりとふすまを閉めたまま、その日は何も飲まず食わずで出てこなかった。


 俺と母さんは諦めてそのまま静観することにしたのだが、3日目の朝になってようやくシアンはおなかをグーグー鳴らして出てきた。

 どうやら空腹に耐えられなかったみたいで、シアンは気まずいような照れくさいような表情を俺に見せて、


「カレー食べたい」


 と飯を所望した。


 そのあとのシアンは普通の態度に戻っていたのだが、ときたま寂しい顔をして俺を見つめたり、2人だけのときには俺に抱きついてきたりした。



「ちゃんとわたしを覚えておいてもらいたい」


 と、出かける前の日の寝る前、明後日の方向をむいたシアンに言われた。

 魔王を倒すときに剣と一体になって俺の前からいなくなっていたときのシアンは、シアンの姿がないだけで、俺と一緒にいた。だからシアンにとっては、俺と初めて会ったときからずっと一緒にいたという認識なんだろう。

 でも、今回は俺がシアンの前から離れるっていうことだから、シアンはかなり不安でどうしていいのかわからないんだろうな。


「うん、たまに戻ってこれたらお土産買ってくるからさ、シアンは安心しててよ」

「うむ、わかった」


 ……口では了承するものの、やっぱりシアンは寂しそうだった。



 そしていよいよ出向日。

 母さんとシアンに見送られ、俺は家を出た。

 俺が留守の間のシアンは、母さんとあかねんが面倒をみてくれるらしい。それと、剣は持っていけないけど、ペンダントはもっていくようにとシアンに念を押された。


「1日に1回だけ、わたしと会話できる」


 いやまあ会話するなら家の電話で俺のスマホにかけてくれてもいいんだよ? と言ってみたけど、シアンは電話の仕組みがよくわからないし、母さんとかには頼りたくなかったそうで、ペンダントで会話すると言い張っていた。

 うーん、ドラジェさんは田舎ファンタジアのアプリに関しては精通してたんじゃなかったのかなぁ。だとすればシアンも機械は得意なのに。


 よくわからない龍族ルールがあるのかもしれない。そう思って俺はあまり考えないことにした。人間の理とは違う世界だもんね、たぶん。



 ミカゲが車で送ってくれるそうで、俺ん家の前で車を横付けにしていた。真っ赤なフェアレディZである。スポーツタイプの車がすくねぇとか騒いで、中古で買ったお気に入りの車だとミカゲに自慢された。

 その助手席のシートに俺は滑り込み、シートベルトをかける。


「おい、和哉。その服では暑くねぇか?」


 ものすごく厚着をした俺にミカゲは言う。だけどこれから行くところは田舎村より北にあり、雪は少ないけど寒いところだって聞いているので、がっつり厚着をしたほうが俺はいいと思ったのだ。いきなり風邪ひくとか嫌だからね。


「でもよぉ、車の中は寒くねーよ?」

「脱ぐのは暑くなってからでもいいしさ、大丈夫だよ。行こう」

「へいへい」


 見送りに軒先まで来た母さんとシアンに手を振る。


 そんな俺は、忍成村についたとたんにあんなことになるとは思わなかった。

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