第13話 ダイバーシティー

 「こちらが、今度新しく就任された部長です・・・」

 課長の言葉に、社員一同スーツの前ボタンを締め直し、敬虔な面もちでこちらを見つめる。

 そこには古瀬課長のほか、ひとりの女性が。


 ところが、どう見てもその女性、まだ三十代そこそこといった若さである。この歳で部長の座を射止めるとは、余程の切れ者かはたまた上司から特別に気に入られているとしか思えない。

 社員は一様に目を細める。


 ところがこの女性、部長にしてはいささか格好がラフでもある。

 上着は作業着に、下はジーパン姿。いくら建設会社の上司はいえ、社内での作業着には多少の違和感がある。

 若手の社員が手を挙げて尋ねる。

 「課長、部長の経歴をお聞かせ願いますか?・・・」


 課長は女性の方を向き直り、ひとつ大きくうなづく。


 「依然傾きかけていた関西支社の建て直しに、大きく貢献されたと聞いている。なんでも部長が判断された契約には、一件も間違いがなかったということだ・・・」

 そう言って、課長はその女性の横に置いてある大きな布の掛かった箱を見つめる。当然社員からは驚きのため息がれる。


 「我が関東営業所でも、2020年東京オリンピックに向けて、常に部長の判断を仰ぎ、建設受注を取るか否かを決定していきたいと思う。なにせ、これからの建設業界には何千億という金の流れがあるのだからな。判断のミスは社の命取りにもなりかねん」

 課長は一際は大きな声で、皆に檄を飛ばす。


 別の社員が質問をする。

 「部長、我々営業マンにも、何故部長がミスを犯さないのか、そのノウハウをお聞かせ下さい!」

 

 皆の目が、その女性一点に注がれた。

 女性は困ったような顔つきで、課長を振り返る。


 「今はまだその準備も整っていないし、それにこう明るくては部長もやりにくいだろうし・・・」

 課長の不自然な返答に、社員は皆怪訝けげんそうな顔で首を傾げる。


 「本当に、部長が判断されることに間違いはないのですか?・・・」

 中堅の社員の一言に、課長はキッとその社員をにらみ返す。


 「当たり前だ! 前回のサッカーワールドカップの時だって、全試合勝利チームを当てたほどなんだからなあ」

 「ワッ、ワールドカップ?・・・」

 中堅の社員は素っ頓狂な声を上げる。

 「か、彼女がですか?・・・」

 社員達の一番前で、今度は係長がその女性をまじまじと見つめる。


 「何を言っているんだね、戸浪係長。彼は女性ではなく雄だよ、オ・ス・・・」

 「はあ?・・・」

 狐に摘まれたような顔をしている社員を後目に、課長はその箱に掛けられた布を静かにはずす。


 「本当は、明るいところは駄目なんだけれどな・・・」

 すると、布の内側からは大きな水槽が現れた。



 「改めて紹介しよう。こちらが、『タコの八郎』部長です。彼は夜行性なので、デスクはオフィスの一番暗いところに設置するつもりです」

 水槽の硝子には大きな吸盤が吸い付いている。

 「皆も、部長に受注の判断を仰ぎに行くとき以外は、こまめに電気を消しておくように」

 

 「ぶ、部長がタコ?・・・」

 社員一同の目が、大きな水槽の中で動き回るタコを見つめる。


 「つまりは我が社でも、社にとって有益な人材はどんどん登用するということだ。皆も張り切ってのぞむように・・・」

 部長に代わって、課長が社員に訓示をする中、水槽の隣にいる女性が、何やら小魚をその中へと投入した。


 「ところで課長、そちらの女性は?・・・」

 真っ先にその女性を部長だと思っていた若手社員が、不思議そうに尋ねる。課長は女性の方を振り向くと、自己紹介するようにと笑顔で促す。


 「私、多々良祥子と申します。仕事はこのの飼育係りでございます・・・」



【語彙】

ダイバーシティ:多様な人材を積極的に活用しようという考え方のこと。

もとは、社会的マイノリティの就業機会拡大を意図して使われることが多かったが、現在では性別や人種の違いに限らず、年齢、性格、学歴、価値観などの多様性を受け入れ、広く人材を活用することで生産性を高めようとするマネジメントについていう。

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