第14話 アイディア

 「社長、わが社はこれまで、便利さを追求する商品の開発をして参りました。そしてそれは、これからも永遠に変わることはありません」

 商品開発部長が、言葉に力を込めて言う。


 「マヨネーズとソースを一度にかけることができる、お好み焼き専用のボトル調味料『マヨソース』や、服を着たままお風呂に入れ、同時にその服の洗濯から乾燥までもこなす事ができる、全自動洗濯風呂『着たきりすずめ君』など、どれも毎日が忙しい私たちには無くてはならない製品ばかりなのです」

 商品宣伝部長が続く。


 「よろしいですか、社長。世の中は、どこにおいても、無駄を無くそうという運動が主流なのです。そのために、今や人間は便利なものしかその価値を認めないのです。たとへ、それが素晴らしい物であったとしても、便利でなければ商品にはなりません」と、経理担当部長もその後に続いた。


 社長は、一本のボールペンを指の中で回しながら、彼らの話しに耳を傾けている。

 「わしは、面白いと思うんだがなあ・・・」

 社長はそう言うと、もう一度それを指の中でまわしてみた。


 「だいたい、社長。ボールペンにルーレットなど付けて、なんの役に立つのですか?」

 企画部長は、半分あきれ顔で、吐き捨てるようにつぶやく。


 「何の役にも立たんだろう。でも、夢と少しのスリルがあるじゃないかね」

 つまりは、社長が提案している新商品というのは、ルーレット機能が付いたボールペンの事なのである。

 色は八色。虹色の七色に黒を加えてある。どれかの色をノックすると、ボールペンの中でルーレットが回る。ルーレットの色も八色。ペン先からは、ランダムに点滅するランプによって、止まったところの色が出てくる仕組みになっている。


 なるほど、これでは便利でないというどころか、自分が望む色を必ず使うことすらできないのだ。

 重役をはじめ社員一同、この案に反対するのももっともな話だ。

 しかし、社長は諦めきれず、ついには職務命令を発動した。すなわち、これによって、このルーレットペンなるものは企画、生産、販売されることとなったのである。

 

 その第一弾は、子供向けとして発売された。しかし、それにはすぐに、小学校側からクレームがついた。

 なにしろ、子供達の関心がこのルーレットペンにいってしまい、勉強に集中できないというのが理由である。

 小学校の近くの文房具店からは、早急に品物が回収された。


 当然第二段の企画もなされないまま、このルーレットペンは、この世から消滅してしまうかと思われた。

 ところが、意外なところから別の反応が現れたのである。


 最近、女子高生の間で、このペンが密かなブームだというのだ。高校生ともなれば、遊びと勉強時間との分別もつく。それに、自分の小遣いでも買えるというお手ごろ価格が功をそうしたらしい。


 彼女達のノートは、以前にもましてカラフルなものとなった。多少見にくい気もするが、けっして毒々しいわけではない。ペンのインクを、落ち着いた蛍光色にしたことがよかったのだろう。

 中には不届きな者もいて、テストの時、このルーレットを利用して回答の番号を選ぶなんてのもあったが、そのぐらいはご愛嬌あいきょう、おしなべて、このルーレットペンの評判は思っていたより悪くはなかった。


 それどころか、都会では一週間もたたぬうち、品切れ状態となってしまったらしい。


 女子高生が買えば、当然それに続いて男子高生にもその話題は広まっていく。

 そうすると、その商品そのものの価値などさほど関係がなくなるわけで、噂が噂を呼び込み、どんどん購買意欲にも拍車がかかるということになった。

 会社の重役達はけっして面白くはなかったが、売れる商品を製造するというのも、これまた商売の鉄則である。

 しかたなしに、そのペンの増産と、第二段の企画に取り掛かることにした。


 第二段はOL向け。柳の下に、二匹目のどじょうをと見込んだのだ。

 しかしてそれは、これまた大いに当たった。グリップのところに名前が入れられるようにしたことと、ルーレット盤の数字をアルファベットに変えたところが、OLの心を捕らえたのであろう。女子高生の時よりも、さらに売上は伸びていった。


 その後も、事務所向けやらお年寄り向け、ちょっと高級な管理者向けから玄人くろうと向けなどと、さまざまなルーレットペンが開発された。しまいには、あの反対していた小学校からも、是非小学生向けのペンを販売して欲しいと、依頼されることとなったのである。

 世の中、どこへ行っても、このルーレットペンは普及していった。

 

 ところがそのうち、少しずつおかしな現象が起こりはじめた。


 犯罪や争いごとが、以前よりも減少したというのだ。もちろんそのことと、このペンとの因果関係が証明されたわけではない。しかし、確かに人々は少しずつ穏やかな性格へと変わっていったように思える。


 最初こそ、自分の必要とする色が、なかなか出てこないこのルーレットペンに腹立つ者もいたが、そのうち、違う色でもいいじゃないかと思えるようになり、しまいには出るまで待ってみるかという性格へと変わっていくのである。


 それは、役所の手続きでも同じことが言えた。

 以前ならば、やれ待たせる時間が長いだの、書き込む資料が多いだのといっていた人々も、このペンが普及してからは何を言っても無理だと悟ったのであろう。

 なにしろ、役所の職員もみんなこのペンを使っているのだから。書類に黒色のインクが必要でも、ルーレットが黒いインクを当てるまで、みんなで気長に待つしかないのである。


 そのうち、世間話に花が咲く。中にはこの待ち時間がきっかけで、結婚する者まで現れた。

 一事が万事、この調子なのだから、ひとり焦ってみてもしょうがない。しだいに人々は、このゆったりした時間の流れというものを楽しむようにさえなってきたのである。


 車で移動する時も、ゆっくりと。当然、交通事故も減る。

 スーパーのバーゲンセールでも、焦ることはない。争って人よりも少しでも早く、という概念がないのだ。これまた当然、いさかいごとなどほとんど起こらない。

 いまや会社の中でも、誰ひとりとしてこのルーレットペンに文句を言うものもいなくなった。それは、ただ単にこのペンが売れているからではない。もう、何事に対しても文句を言う性格の者がいなくなってしまったからである。


 

 社長室では、このペンを手のひらの中で回しながら、ほくそえむ一人の男がいる。

 「まったく、世の中は平和で穏やかになったものだ。今度はひとつ、自分の欲のみきたてるような商品でも開発するとしようか。そのためには、まずじゅうぶんにアイディアをねらないとな・・・」


 社長は、ひとりつぶやいた・・・



【語彙】

アイディア:思いつき。着想と訳される。

「頭に浮かんだ考え」「発想」「着想」「思想」などの意味を持つ英単語である。

元々はギリシャ語由来の単語であり、日本でもそのギリシャ語は「イデア」=「姿」「形」「見る」などの様な意味合いで使われていた単語として哲学用語としても使われている。


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