第10話

 この大陸全土で信仰されているハイランド教。その教典にはブルームという枯れることのない花が登場するらしい。


 どんな状況でも枯れない花は永遠や不死の象徴であることはもちろんのこと、強さの象徴でもあった。また、人々の期待や願いに応えるように咲くことをやめないその姿は忠義の意も孕んでいた。


 そんな聖なる名前を冠する騎士団は王家への忠義を尽くし、それを守護することに心血を注ぐわけである。


 俺の目の前には先日ここ――闘技場で出会った男がいて、そいつはブルーム騎士団の団長だと言った。


 騎士団長、クラウス・フライヘル・ヴァルターは言う。


「不審者のことだけど、君の力を借りるまでもないよ」


「は?」


「王家の護衛は騎士団の仕事だ。君の出る幕はないと言っている」


 そんなことを言われても、俺は王様の命令で外を見て来いと言われたのだ。騎士団長に不要と言われたから持ち場に戻るなんてことはできない。


「とはいえ、お前を寄越したのは陛下だからな。元の持ち場に戻れなんて言えない。まあ、だから、とりあえずついて来い。ただ足手まといにはならないでくれ」


「わかった」


 騎士団長は歩き出した。俺は彼について行く。


「ところで、不審者が出たってどういうことだ?」


「そのままの意味だ」


「警戒するほどの不審者なのか? ただの浮浪者とかじゃないのか」


「そうであったらどれだけいいか」


 意味ありげな言葉を放った騎士団長である。


「団長」とクラウスを呼ぶ声が聞こえれば、騎士団の団員であろう一人の騎士が寄って来た。


「追跡は?」と団長は訊く。


「申し訳ありません。見失ってしまいました」


 と事務的に報告を済ませた騎士はチラと俺の方を見る。


「あの、団長……そちらの方は……」


「リーゼロッテ王女の家庭教師様だ」


「はあ」


「彼も我々と行動を共にする」


「お言葉ですが、家庭教師に何ができると?」


「陛下の命令だ。俺としても不本意だが陛下の命とあれば随行させるほかあるまい」


 なんともまあ期待されていないことだ。要するに俺は邪魔なのだな。


「それにしても、我々の追跡を撒くということはやはり……」


「ええ、そうですね」


 二人で納得しないでください。俺もいますよ。


「いったい何なんだよ。不審者って?」


 騎士団長は渋々と言った感じで説明を始める。


「この前、闘技場で俺と会ったよな」


「ああ」


「どうして俺が闘技場にいたと思う? 俺は別に賭博をしに来たわけじゃない」


「私用でないなら仕事できたんだろう。御前試合に先駆けて警護する現場の下見とか」


「そうだ。俺は下見へ来たんだ。俺は産まれも育ちもこの国だ。闘技場の間取りは把握している。何もなければ面倒な下見なんてしない」


 騎士団長としてその姿勢はどうなのかと思うところはあるが、ここは異世界だ。異世界の常識として捉えておこう。


「下見をしないといけないほどの何かがあったわけか」


「お前はこの国と帝国の関係を知っているか?」


 ローデンバルト帝国は小国ながら大陸統一を目論んでいる。そして大国であるソリティア帝国もまた大陸統一を目論んでいる。


 小国であるローデンバルト王国が帝国に従属すれば大陸は一つになるが、ローデンバルト王国はそれをよしとしない。


「敵国同士」


「簡単に言えばそうなる。だから、もし帝国の人間がこの国に潜入していたら、俺たち騎士団としてはそれを見逃せない」


「この国に潜入している帝国の人間は工作員の可能性があるから。つまるところを言えば、その不審者っていうのは帝国の工作員か?」


「かねてより工作員の存在は噂されていた。しかし、結局は噂止まり。確証は得られていなかった」


「得られていなかった、ってことは……」


「最近、城内で勤めていた人間が一人退職をした。退職者自体は珍しいことじゃない。だけど、そいつの役職が問題だ。そいつは家庭教師をしていた」


「え?」


「お前の前任者ってことになるな。頭の良さを買われて王女に勉強を教えて、時には国王から意見を求められる立場にあったんだ」


「そんな立場の人間が簡単に退職できるとは思えない」


「もちろん正規の手順を踏んで退職したわけじゃない。要は失踪したんだよ。そいつは」


 俺がすんなり王女の家庭教師なんて役を手に入れられたのはそのポジションが空いていたからというのもあるらしい。失踪したそのスパイさんには一応感謝をしておこう。


「怪しさ抜群だな」


「移民に寛容な面を逆用されて、すんなりとスパイを受け入れてしまったのは国王としても失態だ。このことはまだ城内の限られた人間にしか知られていないが、もしこれが国民の知るところになれば……」


「あまりよろしくはないな」


 どの国でも、どの世界でも、トップの失態というのが国民に与える影響は凄まじい。もしこれが国民の知るところになれば、彼らは国王に対して不信感を募らせることとなるだろう。その不信感はもしかすると国家転覆に繋がるかもしれない。これから大陸を統一しようとする者が、一つのスキャンダルですべてがご破算になってしまうのはなんとも忍びない。


 一応、俺は国王の夢に加担する者なのだし、ここはそのスパイとやらを見つけることに注力しよう。


 とはいえ、


「工作員の追跡は失敗したんだったか?」


「そうだが」


「これからどうするおつもりで?」


「見失って、手掛かりもない。ならばもうしらみつぶしにさがすしかないだろう」


 いくら小国とはいえ国内全土なれば広い。闘技場周辺にエリアを絞ってもこの人混みの中でたった一人の不審者を捜すのはさすがに骨が折れる。


「もう少し考えろよ。工作員は逃げたいはずだ。自身の正体がばれてしまったのなら、早急にこの国から出ようと考えるはずだ。国境に検問を敷け。それで国境を超えようとする奴を調べ上げろ。それがたぶん手っ取り早い」


 すべての国民に最低限の教育が行き届いているわけではないだろうこの世界。騎士団に所属する人間である以上、それなりに教育は受けているのだろうけど、そもそもの教育レベルが高くないから検問を敷くなんて発想ができなかったのだろうか。そう思うことにしておこう。そうだ。決して騎士団長がバカなわけではない。


「……」


 部外者の提案に不服と言ったところだろう。微妙な顔をする騎士団長とその団員。


「団長、彼の言っていることは……」


「わかっている。こいつの言っていることは理に適っている。我々はこいつの提案を受け入れるべきだろう」


 だろう、ではなく受け入れるべきである。


「非常に不愉快だが、国境に検問を敷くように至急連絡をしろ。それで、我々も行くぞ。アーレルスマイアー辺境伯領へ」


「はい」と言って団員はすぐに行動を起こす。これから伝書鳩とかそんな感じのアナログな方法で連絡を入れるのだろう。


 そして、騎士団はこれからアーレルスマイアー辺境伯領という所へ行くらしいが、辺境伯領ってことはつまり国境付近の領地だろう。


 しかし、果たして俺も彼らについて行くことになるのだろうか。……いや、なるのだろうな。きっと。

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