第16話

 移民追放策推進委員会の活動は未だに続いている。それも当然で、俺たち移民連合が存在しているからだ。


 委員会の眼は今やかなり厳しくなっていて俺たちはおちおち表へ出ることさえ難しくなっていた。つまり、一日中教会の地下にいることが多くなってきたわけである。というかここ最近は一度も外に出ていない。


 ここで発生するのは食糧不足。教会の地下から出られなくなってしまい食料調達ができなくなってしまった。


 俺たちは完全に委員会の奴らに追い詰められていた。


「見つかるのも時間の問題か」と俺は独りごちる。


「というより、降参するしか道は残っていないのではないか?」


 ロス=リオスがそう言った。まあ、委員会の作戦としてはそうだろう。監視を強めることで俺たちを潜伏場所から出られなくしてしまい、我慢できなくなった俺たちが自ずと出てくるのを待っている。


「屈してはいけない」とアレックスは言う。「屈したら最後、きっと俺たちに命はない」


 それもまたそうだろう。ここまでデッセル伯に抗ってしまっては追放の道は残っていない。屈してしまったら処刑されるほか道はない。


「しかし、どうするというのだ? 私たちに勝機があるというのか?」


「それは……」


 俺を見るなよ、アレックス。俺に訊かれてもここからどうやって勝機を見出せばいいのかなんてわからない。


 しかし、考えなければいけない。でなければ、ほんとに死んじゃう。


 さてどうしよう……と頭を悩ませていると不意に声が入ってくる。


「おーい、食料を取ってきたぞー」と二人の一般人の移民の男がたくさんの食糧を抱えて戻ってきた。


 俺はこのとき思い出す。この移民連合はロス=リオスの護衛隊とそのほかの一般の移民によって構成されていることに。彼らは移民の自由を主張するという面で団結をしているけど、逆に言えば彼らの繋がりはそれだけだ。リーダーとして一応アレックスが立っているけれど、みんながみんなアレックスに忠実と言うわけではない。それに食糧不足というこの状況下で、みんながみんな指をくわえてここに籠っているはずもないのだ。


 悪気があったわけではないだろう。みんなのために良かれと思ってしたことだろう。


 しかし、委員会の監視が強まっているこの状況でむやみに外へ出るのはあまりにもリスキーな行動だ。


 いくら隠密行動を心がけても、見つかる可能性が大。そして、もし外へ出た彼らが見つかってしまっていたら――


「バカ! どうして勝手に外へ出たんだ!」と俺は怒鳴る。


「は? なんで怒鳴られなきゃいけねえんだよ。危険を冒して食料を持ってきてやったんだぞ! お前、ふざけんなよ!」


「ふざけているのはお前たちだ! お前らはとくに訓練を積んでいるわけでもないだろ。そんなお前らに完璧な隠密行動ができるわけがない。もし委員会の奴らに見つかったら――」


 ――刹那、バンと何者かに扉が蹴破られる。


「移民追放策推進委員会だ。全員その場を動くな!」


 そう。もし彼らが委員会に見つかったら、ここが特定されてしまう。こんな風に。


 ……終わりだ。


 そんなことを俺は思ってしまう。


「ん?」委員会の一人がロス=リオスを見つける。「これはロス=リオス元伯爵さまではありませんか。こんな所にいたんですか」


「元伯爵は余計だよ」


「あなたも捜していたんですよ。これであなたを探す手間も省けたというものだ」


「私ももとを辿れば移民だからね。追放策の対象というわけかな?」


「いえ――」


「――いや、そうじゃない」と俺は横から口を挟む。「ロス=リオスが生きていてはデッセル伯にとって不都合が生じるからだ」


「おや、先に言われてしまいましたね」


「ロス=リオスはデッセル伯の行いを知っている。デッセル伯の悪事を立証できる証拠がないにしても、デッセル伯の悪事を知っているというのはまずい。生かしておけばいずれ悪事を明かされるかもしれないし、言い触らされるかもしれない。何にせよ、デッセル伯を貶める可能性がある」


「そうです。口封じのためにロス=リオスを処分する。それが我々の裏目的です。とはいえ、移民連合とロス=リオスが手を組んでいるとなると話は変わってくる」


「処分の対象がロス=リオスだけではなくなるわけだな」


「ええ。あなたたちも知っているのでしょう。この一連の騒動には裏があるということを。ならば、あなたたちも処分の対象です。そして、我々は移民連合のメンバーをすべて把握しているわけではありません。こうなってしまった以上、移民は見つけ次第すべて処分という手段を取るほかない」


 それを聞いてロス=リオスが一歩前へ出る。


「私一人の命を捧げる。しかし、ほかの移民には手を出さないでくれないか」


「我々に頭を下げられても困る。決めるのはデッセル伯爵です」


「ならば、私をデッセル伯の所まで連れて行ってくれ。彼と話そう」


 話し合って、それで事は丸く収まるのだろうか。ロス=リオスが死んで、それで俺たち移民は助かるのだろうか。ロス=リオスとデッセル伯が話し合い、ロス=リオスが処刑される代わりにほかの移民には手を出さないなんて約束をしたとして、デッセル伯はそんな約束を守るのだろうか。


「待て」


 歩み出そうとしたロス=リオスを引き留める声があった。アレックスだった。


「我々が欲しいのは勝利と自由だ。我々はデッセル伯領で虐げられながら生きていくつもりはない。勝利と自由を掴むために、ロス=リオス伯は必要だ。彼は渡さない」


 いいことを言うではないか、アレックス。


 そうだ。ロス=リオスの命によって得られるものなどたかが知れている。彼が死んだところで移民に自由は与えられない。もし彼が死んで、デッセル伯が俺たちに手を出さないとして、それでどうなるというのだ。それは勝利とは言えない。それで自由は得られない。移民として虐げられるに決まっている。


 俺たちは勝利して、自由を手に入れなければいけない。


 完全勝利、それ以外は敗北である。


 デッセル伯を貶める方法はまだないが、しかしここで捕まってはその機会すら失われてしまう。


 ならば、逃げるほかない。


「みんな、武器を構えろ。突破するぞ」


 アレックスがそう言えば各々が武器を構える。俺も短剣を鞘から抜いた。


「その選択はあまりにも愚かです」


 委員会の面々も剣を抜いた。


 狭い地下空間で戦闘をおこなうのは難しい。身動きがとりにくいのだ。


 出口は一つしかない。


 人が混然としているこの中を掻き分けて出口へ行くのはきっと大変だ。というか、無傷での脱出は可能か?


 そうやって考えているうちにも戦闘は始まってしまう。


 狭い空間で各々が剣を振る。しかし、狭いがゆえに一つ一つの動作がこじんまりしてしまいお互いに思うように動けない。


 俺たちはこの場から逃げたいのだがどうにも動けず、それは叶わない。かと言って委員会を倒そうとするんだけど、これまた動けずそれもできない。


 何もできない。お互いに。


 しかし、どこかのタイミングでこの均衡を破らないとどうにもならない。


 とにかく、俺たちは出口に辿り着かないといけないのだ。


 アレックスが俺に言う。


「俺が逃げ道を作ってやる。だから、アスト。ロス=リオス伯を連れて逃げろ」


「お前はどうするんだよ?」


「委員会の奴らの壁を全員が突破するのは無理だ。ならば、生き残るべき人間を逃がすのが妥当な考えだと思うが」


「なぜ俺とロス=リオスなんだ?」


「言うまでもない。ロス=リオス伯領を再興させるには彼は必要だ。そして、お前は頭がいいみたいだからな。お前を生かしておけば何とかしてくれるんじゃないかと期待している」


 頭がいい? 俺が?


 日本じゃ言われたこともない言葉だった。三流大学を出て、縁故で入社して、何のために仕事をしているのか、何のために生きているのか、そんなこともわからないこの俺は頭がいいなんて思われていなくて。期待なんてされていなかった。


 頭がいいとか期待しているとか、そんなことを言われると嬉しく思う。


 まったく素晴らしきかな異世界は。


 期待なんてされてしまっては、それに応えたくなってしまうではないか。


 ここが異世界だからなのか、期待されてしまった所為なのかはわからないけど、今の俺はここを突破できるイメージしか湧かない。


 アレックスが周りの者に指示を出す。そうすれば移民連合は半ば強引に委員会の奴らを端へ端へと追いやろうと奮闘する。


 そして、生まれる一本の道。出口へ続く道。


「行け!」とアレックスが叫び、俺とロス=リオスは出口を目掛けて駈ける。


「簡単に逃がすと思っているんですか」


 先ほど雄弁を垂れていた委員会の一人が俺たちの前に立ちはだかる。


 ほかの移民連合は委員会の奴らを押さえつけるので精一杯。どう見たって助けは見込めなかった。俺が何とかするしかない。


「私は移民追放策推進委員会の委員長。ダニエル・リースフェルトです。ここは一つ、一対一の真剣勝負と――」


「――ライトニング」


 ダニエル某の口上が終わるより前に俺は魔法を放った。


 ダニエルにとっては不意を衝かれた形である。つまり、何の対処もできず、彼は電撃をその身に浴びる。


 電撃を浴び、脱力するダニエルに対して、俺はすかさず殴打を加える。


 殴られ倒れたダニエル。


 俺たちは床に伏した彼を跨いで地上へ続く階段を駈け上がり、教会の外へ出た。


 委員会の奴らはほとんど地下にいるのか、地上には委員会の奴らはおらず、しかしそれでも油断はできないので、隠密に俺たちは教会を離れる。


 しかし、問題はここからだ。


 俺たちはどこへ向かえばいいのだろう。

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