第15話

 帳簿には日ごとのお金の動きが記されていた。いくらの収入があって、いくらの支出があった。そんな感じでいろいろと数字が書き込まれていたわけだけど、見るからに収入よりも支出の方が多く――つまり、赤字となっていた。


 そして、気になる項目が幾つかある。


 帳簿にはデッセル伯からの借入金が記入されており、また支出として多額の活動費なるものが記入されていた。


「デッセル伯から金を借りていたのか?」と俺はロス=リオスに訊く。


「なに? うちはそもそも借金なんてしていないはず……」


「でも、帳簿にはしっかりとデッセル伯からの借入金が書かれている」


 俺は帳簿をロス=リオスに見せる。すると彼は目を見開いて驚愕する。


「なんだ。この赤字まみれの帳簿は。これが本当に私の家の帳簿だと言うのか」


「帳簿の確認はしていたはずだよな」


「私が見たときはこんな赤字まみれではなかった。違和感なんてなかったのだ」


「活動費っていうのは何だ?」


「王都へ出向くなどの公的な活動に使われる費用のことだ。こんなに多額なのはおかしい。小さな領の領主に多額の活動費を伴う仕事はそもそもない」


「つまり、不正に使われているお金があるわけだ」


「私はそんなことはしていない」


「単純に考えれば、あんたが見ていた帳簿って言うのは偽物だろう。これが本当の帳簿」


「もしそうなら偽の帳簿を手に入れることができれば……」


「俺が犯人だったら証拠隠滅をすぐにおこなうけどな」


 つまり、偽の帳簿を見つけるのはまず無理である。


 まあ、とりあえず借金の正体はわかった。


 多額の使途不明金。それによって生まれた赤字を補うためにデッセル伯から借金をしたわけだ。


 俺の推理というか推察というか、まあ予想を言えばこうなる。


 帳簿は二冊あった。ロス=リオスに見せるための何の変哲もない偽物の黒字の帳簿。そして、実際のお金の動きが書かれた赤字まみれの本物の帳簿。


 帳簿はロス=リオス夫妻の部屋の金庫に保管されており、ロス=リオスがその日の終わりに帳簿を確認してそのまま金庫へ入れる。しかし、その帳簿は偽物で本物はほかにあった。


 おそらくその本物の帳簿は記帳係の人間が持っていたのだろう。記帳係がその帳簿を公開し、ロス=リオスの借金騒動へと至った。


「――と、まあ単純に考えればこうなるわけだが」


 俺はロス=リオスの反応を見る。


「まさか、彼が……。でも、どうして……」


 人並みにショックを受けているようだった。


「しかし、待て」とアレックスが口を挟む。「偽物の帳簿は誰が処分したのだ? 鍵はロス=リオス夫妻しか持っていない」


「ロス=リオスの奥さんが処分したんじゃねえの、普通に考えて」


「は……」


「つまり、ロス=リオスは騙されていたわけだ。身内に」


「なぜ、こんなことになっている?」


「それはデッセル伯とかあんたの奥さんに訊くしかないだろ」


 偽の帳簿はきっと処分されている。しかし、その存在を知っているロス=リオスが狙われていないわけがない。


 もし、俺の予想通りに偽物と本物の二冊の帳簿が存在していたとするのなら、デッセル伯はロス=リオスを邪魔に思うはずである。証拠はないにしても、デッセル伯にとってはロス=リオスは自身の牙城を崩しかねない不安材料と言える。


 つまるところ、俺がデッセル伯だったらロス=リオスを亡き者にしようと動くということだ。


 そして、逆に言えばロス=リオスがもしデッセル伯の勢力に襲われたら、それは俺の予想が合っていたということになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る