-16-

 やがてふたりは、居留地の奥まったところに建つ一棟のプレハブ小屋の前にたどりついた。


 扉の前で、アイセは懐からタオルを取り出して、髪についた酒をぬぐった。さらに櫛と手鏡を取り出し、髪の乱れを直した。それだけでは飽きたらず、何度も眉やら襟やらを確認して、ひとつため息をつき───見とがめるようなルカの視線に気づいて、ひどく照れくさそうにした。


 「キョウ隊長、入ります」「ああ」扉をノックすると、中から男の声が返ってきた。ルカは知るよしもないが、無線から流れたものと同じ声である。


 小屋に入ってルカは驚いた。炎ではない、白い輝きを放つ明かりが天井から下がり、昼よりも明るく室内を照らしていたからだ。自分の光がみすぼらしく思えるほどだった。


 その灯火の真下に事務机があり、整った顔立ちの髪の長い男がひとり座っていた。「キョウ隊長」───自分を連れ去ることを命じた男の姿を、ルカはじっと見据えた。


 アイセが数歩前に出て机の前に立ち、きゅっと足をそろえ、しゃっちょこばって敬礼した。


 「アイセ、ただいま任務を終え帰還いたしました」


 「ご苦労だったね」キョウはやおら立ち上がって答えた。机を回り込みアイセに歩み寄ると、柔和な笑みを浮かべて軽く彼女の髪をかき上げた。


 「よくやってくれた。君の働きに心から感謝する」


 アイセは顔をやけに上気させ、ひどくはにかんだ。


 「あ、ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です」


 だが、キョウの関心は、すぐに彼女から離れた。彼はルカの眼前に移動し、彼女をじっと見据えた。


 「ようこそ、光人のお嬢さん」


 奇妙な見つめ合い───ルカは、キョウを観察し続けながらも、一歩後ずさった。アイセは信頼を越えて好意を抱いているようだが、彼女は直感的に距離を置くべきだと感じていた。


 キョウが着ているのは、外の者が着ていたものより、さらに角張った、まっすぐに折り目があって、胸元や袖口に、奇妙に光る飾りをいくつもつけた服───士官の軍服を着ていた。白の手袋や革のブーツで、顔以外に肌の露出はみられないが、やけに色白だ。


 ルカにはボタンと階級章の見分けすらつかなかったが、それなりの地位にあるのだろうと想像はついた。しかし、地位の高い人物が、ずいぶんと若く、色白で小柄な体躯であることにひどく違和感を覚えた。


 色白で、小柄?


 いや、実際は自分と同じくらいの肌の色の濃さだろう。背丈は、ルカどころかアイセより高い。小柄だと錯覚したのは、男の軍人といえば、さっきから浅黒くばかでかい甲人ばかり見ているからだ。


 つまり───目の前のキョウという人物は、甲人の帝国の軍属であるにもかかわらず、甲人ではない……?


 ルカは、自分を見るキョウの目と表情を、以前にもどこかで見たことがあるような気がした。ずっと光人の里で暮らしてきたルカにとって、「どこかで見た」という程度に記憶が浅い人物は、ひとりしかいない。……トーカに、似ている?


 キョウが、また一歩、ゆっくりとルカに近づいた。手を伸ばせば届く距離に───。


 ルカの背筋に、急に悪寒が走った。何かよくない意図が、キョウの中に居座っていることを鋭敏に察したのだ。彼女は警戒し、唇の端を歪めて、もう一歩後ずさった。


 ふたりの間の空気が急に張り詰めたことに気づかぬまま、アイセがふっと口を開いた。


 「あの、隊長、ひとつ教えてください。あの漆黒の機体は、いったいなんなのですか?」


 「あれか? あれはファイアビートルだ」


 まるで見てきたかのように、さらりと答えるキョウ。


 「あんな脅威の兵器を、光人が、いえ、甲人以外に所有する組織があるなんて、聞いたことがありません。上層の方々は、みなご存じなので───?」


 「いいや、ほとんどの者は知らないことだ。アイセ、君もしばらくは見なかったことにしておいてもらうよ」


 「じゃ、なぜ隊長は知って、……」


 「知っているさ」


 微笑を保ち、視線をルカに釘付けにしたまま、キョウはゆっくりと手袋をはずして広げてみせた。その手には───トーカの手にあったものと同じ、レンズが埋め込まれていた。彼はレンズ人だったのだ。


 「俺も持っているからな」


 ルカは慄然とした。そのレンズの中央には、今朝方、トーカの手にも見た何かが埋め込まれていた。それは、つまり───。


 「俺が光人の里の襲撃を命じたのは、光人を征服するためでも、拉致して奴隷にするためでもない。俺のこいつを具現化するためだ。……やっと、やっとこの日が来た。ずっとこの日を待っていた!」


 キョウの微笑は変わらない。だが、目の中に高ぶる感情は激しく盛っているのが見て取れる。何かを押し殺したまま唇の端をうっすらと上げる表情は、恐怖すら感じるものだった。───アイセすら青ざめ、声を失い、上司の豹変を見つめた。


 「俺のファイアビートルは、光人ではなくレンズ人が操縦する Type-H だ。さあ光人、おまえの光は今日から俺のものだ!」





[[次回予告]]


 ルカをむりやり搭乗させ、キョウのファイアビートル Type-H が光人の里を強襲する。激突する二体のファイアビートル。なぜ戦わねばならないのか? 光人とレンズ人の歴史に隠された真実とは?


 「ところで隊長ー、ファイアビートルって光人の光をレンズ人の手のレンズに透して初めて具現するんですよね?」

 「その通りだ」

 「あの娘の光点って確か───」

 「……!」

 「イヤァァァ隊長のエッチ! ロリコン!」


 次回、光機甲ファイアビートル「激突! 二体のファイアビートル」で、待ってなくたっていいんだぜぃ!



(注・これで完結です。予告の次回は書いてません、が「DA☆先生にはげましのおたよりを!」でワンチャンあるかもです。)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光機甲ファイアビートル DA☆ @darkn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ