子役はつらいよ

うずまき

第1話 名前落ちなんかじゃない

 この宇宙の、この星の、この地球のこの日本に、一体何人の「子役」がいるんだろう。そして、一等星のようにきらびやかに輝いているのは一体何人くらいしかいないんだろう。


 私、朝田真夜奈(あさだまよな)も、いわゆる子役の一人。業界最大手と言われている子役専業のタレント事務所「キンダープロダクション」に所属している、小学4年生。超人気子役…って言いたいところだけど、まあまあそこそこの駆け出し新人子役ってところかな。


 まず特筆すべきは…スゴイ名前でしょ。

 朝なんだか夜なんだか、どちらつかずの漢字。そして、どこかの有名スポーツ選手と、大物子役女優の名前を足して二で割ったような名前。

 よく言われる。これでも本名。

 あまりに名前をネタにされるので、パパとママに意識してつけたのか聞いたところ、まったくの無意識。単に画数と語呂が良かったから、だって。

 ママは「オーディションで名前が覚えられやすいのは、それはそれでお得だよ。」と言っているけれど、本当にそうなのかな。


 とはいえ、特徴の一つであることは紛れもない、事実。だから、今日のCMのオーディションでも、もちろん全力で主張するよ。

 そう。私の自己紹介の掴みは、ここから始まる。


「おはようございます。キンダープロダクションから来ました朝田真夜奈です。

 小学4年生の9歳です。

 名前に朝も夜もついているので、朝から夜まで元気いっぱいがんばります。

 あと、有名なスケートの選手や子役出身の女優さんと名前が似てるね、ってよく言われます。わたしもそんな風にすてきな人になりたいです。

 趣味はお絵かきで、特技はピアノと短距離走です。

 あ、あと好きな食べ物はふりかけごはんです。

 お母さんからはいつも『おいしそうに食べるわね』って言ってもらっています。

 もちろん『家族喜ぶおかかふりかけ』も大好きです。

 どうぞよろしくお願いします。」


 オーディションの審査員に淀みなく言う。うん、今日の出来も100点!


 今日は「家族喜ぶおかかふりかけ」のオーディション。今、この商品のテレビCMのための子役オーディションに参加しているの。

 オーディション会場って、わかる?テレビドラマで以前見た、就職の面接会場とほとんど変わらないの。会議室の奥に偉そうな大人が何人か(今日は3人)並んでいて、手前に、オーディションの参加者が数人一組(今日は5人)に組まされて同時に並んで座らされている。

 まずは、端から1人ずつ自己紹介。そして、自己紹介の後は、CMのシーンを再現して演技する審査。今日は、パントマイムでふりかけごはんをパクついて「おいしい!」ってニッコリするという課題だって。

 私は一番端っこ。5人グループ中最後という好打順。紅白歌合戦だって最後の方に大物が来るようになってるしね。


 1人目「(ぱくっ)…おいしい!」

 うーん、普通かな。


 2人目「(ぱくっ)…!! おいしー♪」

 いつも食卓に並んで食べているふりかけに、なんでびっくりする必要があるの?


 3人目「(ぱくっ)うーん!おいしい!」

 元気がいいのが良いってもんじゃないよね。うーん、て何よ。


 4人目「(ぱくっ)…おいしい!」

 1人目とさして変わらないな。


 あっ、そうこうしていたら番がまわってきちゃった。


 みんな、考えが浅いな。いきなりパクっ、とパクつくでしょ。

 違うのよね。これが。

 まずは、ほかほかごはんの上に乗せられて蒸し香る、おかかのこうばしさを楽しまなきゃ。慣れ親しんだおかかの香りに思わずホッとため息がもれちゃう。

 ここで、はい、笑顔。

 そして―ああ、早く食べよう。いただきます。

 おかかごはんをお箸で一口、パクり。あー。これこれ。この味だよ。染みるなあ。

 目を閉じて思わずほうっとため息。

 そして満足気に…

「おいしい…」


「はいっ、どうもありがとうございました。」


 ほら、心なしか審査員の声も満足そう。いいんじゃないかな。私。上手に出来た。うん、100点!


「では、結果は事務所を通してお伝えしますね。今日はどうもありがとうございました。」


 控室ではママが待っていてくれた。

「上手に出来た。審査員の人も満足そうだったよ」

 と伝えると、ママは

「良かったわね。じゃ次の組の方が来てるから帰りましょう。」

 と一言。

 確かに。今日のCMオーディションは分刻みで入れ替えをしているようなので、次の組の親子何組かが狭い控室で居づらそうにしている。


 全員で何人いようが構わない。今日、私は良くできた。少なくとも、さっきの組では1番だった。だから、きっと私が採用されるはず。


 コートを羽織っていると、真夜奈ちゃん、と声がした。

 振り返ると、雰囲気と背格好が似ているためオーデではよく居合わせる今井リオが手を挙げていた。


「やっほ。」


 この子とは、ちょっとした因縁がある。こんな気分が良い日に、正直顔を合わせたくはなかったな。


「リオちゃん。これから?私は今終わったところ。」


 貼り付けた笑顔で挨拶。今日のオーデと同じくらい上手に出来た。じゃあね、と言ってそそくさと退散する。リオも、このオーデ受けるのか。リオと私は本当に雰囲気がよく似ている。正直、霞んじゃうなあ。

 一抹の不安が漂う中、私は会場を後にした。




 オーディションの結果というものは大抵、翌日か翌々日には出ている。うちの事務所は合格の場合も不合格の場合も連絡メールをお母さん宛に送ってくれるので、私はお母さんから結果を聞かされることになるわけだけど。


 今回は―残念ながら選ばれなかったよ。


 残念そうに伝えるお母さんの声にも、うっすらと落胆の色がかかっているのがわかる。そう、と平気な声色でとりつくろう私の顔も渋い顔しているんだろうな。


 ああ、受かるのは難しい。なぜ落ちたんだろう。私の何が悪かったんだろう。落とされると、いつも自問自答してしまうけれど、こういう事で落とされるのは正直正解がないから、とてもつらい。演技は良かったと思うし、雰囲気もそこそこ良いとは思っていた。


 願わくば、どうか、神様。―名前落ちじゃありませんように。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子役はつらいよ うずまき @uzuco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ