五幻目「解法幻(バッキング)」

B-1

 俺は間違っていた。写真に写る暗号の意味も、解法も。そして、二枚の紙の差出人さえも間違っていた。相手にするべき相手を間違えていた。どこかで誘拐という犯罪を実行しているかもしれない誰かではない。音楽スタジオのどこかにいるかもしれない二人の知り合いの誰かでもない。このメッセージは誰か見知らぬ人物から榊原に送られたのではなく、榊原から俺たちに向けられたものだったのだ。助けてほしいと願ったのは他のだれでもない榊原だ。


 A―EDGE


 助けて欲しかったのはこのバンドそのものだった。


 夜を支配していた月がその姿を影に変え、太陽が俺達を照らしはじめる朝まで掛けて俺は調べた。ずっとパソコンにかじりつく形にはなったが、たったパソコン一つだけで世の中の知るはずもなかった事を知ることができた。よっていまここに確かな物語を持てているのだから、俺は進歩した世の中と支配しているつもりになっていただけの傀儡ボーイあんどガールには感謝しなければならない。ありがとう。自分に起きた出来事を事細かに書き記し、残してくれてありがとう。


 時節到来。俺の回答である推理は以下となり、これで完成となる。


 三つの仮説のうち正解は三番目。これが俺の解答。この仮定で問題とされた点は二つ。榊原は何を求めており、なぜあのような嘘をついてまで俺たちに依頼したのか。もう一つは音楽スタジオで出会ったダイスケが言った「大友町はすでに死んでいる」という事実。

 

 ではまず先にダイスケの方から説明を始める。

 

 ダイスケはサキとミズキの二人に二股を掛けていた。正確にはサキとは恋人ではないが、未だに関係を完全には絶ち切れていなかった。これが彼にとって直近の最大の問題だったのだ。欲が強く、豪が深い奴だったんだな。バンドマンっていうのは三割ぐらい増しでかっこよく見えるらしいが、そのバンドが男女混合の場合、自分の彼女をそのバンド内で回すようにして順番に付き合う傾向があるらしい。俺には全く理解できない風習だが、これで多くの疑問に合点がいく。

 

 ダイスケは今となっては昔の彼女であるサキと別れ、ミズキと付き合い始めたものの大友は未だダイスケとの関係を諦めきれずに度々接触していた。この関係がきっとミズキの耳に入ったのだろう。ダイスケに対して日に日にミズキからの追求が強まり、苦しさを増していたダイスケは偶然にもサキ、大友町の写真を持って現れた俺に遭遇した。この間揉めていた時はもしかしたら怒りのピークだったのかもしれない。

 

 今は本当に会っていないからサキの行方なんて知らないなどとでも言っていたのだろう。ミズキという女性はサキと連絡が取れずに心配していたからな。サキの方が連絡先を変える必要性はここではないため、嘘の連絡先をミズキに流して言葉の裏に信用性を持たせた。ミズキはダイスケのことが好きだから完全に疑い続けることは難しいと予想され、どこかで折り目の妥協点を見つけて信じたに違いない。このようにして自分の描くストーリー通りに人間関係を仕立ててきたのだろう。

 

 そして俺が登場する。これは絶好の機会だと思ったのだろう。嘘をつき続けて真とするためにサキが死んでいると、一芝居打つことにしたのだ。ダイスケの嘘と榊原の作り上げた嘘が偶然にも重なり、空想の現実が作られた。


「俺が大友さんの行方を探している事を聞いたダイスケが死亡説を唱えたのは、既に彼女のバンドが解散していた事実と関連付けさせ、その要因がサキの死であることとすることで自らの証言に裏をつけ、信用性を高めるためです。サキは既に亡くなっているのだということを信じさせ、自分の身の潔癖を示したかったのでしょう。つまり、死んだという情報はダイスケがでっち上げた嘘です。大友町さんは生きています。もちろん、彼女の身に危険が迫っていたり、誘拐されているという事実もないと思われます。全ては解散したバンド、エースエッジの元メンバーである大友町の現在の境遇を榊原が何らかの形で知り、何とかしてあげたいと思ったけれども自分ではどうにもできそうにないので風の噂で聞いた俺達に依頼したってところでしょう。確かに、これは刑事事件ではありませんし、人間関係のトラブルですから警察はどうしようもないですね。それがなぜこのような回りくどい方法を取ったのかは、正直理解に苦しみますが、榊原に直接聞けば話してくれると思います」


 俺は太陽に照らし出されながら、登校中の通学路でこれらを先輩に話した。徹夜明けの朝はとても辛かったが、真実を暴き出すって言うのはなかなか快感かもしれない。病みつきになる推理オタクに対して少しだが理解を示せるようになった気分。そんな朝だった。


 しかし、一方で先輩はきちんと真相に気付く。ようやく自己陶酔の時間は終わりを告げる。


「……いや、違う。そっか、そうだったんだ。そういうことなんだ。恒くん。ほんとだったんだよ。既に彼女はいなかった。誰も間違ったことは言っていなかったんだ」


 俺は眉を寄せてすぐに言い返す。


「いや、サキは生きてますよ。現にダイスケと交際を……」

「サキじゃない。大友町さんの方!」


 俺の推理がまだまだ未熟であることは聡明な方ならだれでも見抜けるようだった。実際隣を歩きながら周囲のことが不注意になっている先輩も、紫外線を浴びせ続ける太陽も、きっと今もどこかで事を進めている榊原も。俺の夜通し行ったのは推理ではなく現状理解のためのまとめ。少なくとも先輩にはそのように聞こえたらしい。本物の推理の補助にしかならなかったわけで、的外れではないが俺のプレーでは得点は入らない。

 

「サキさんは生きてる。それは恒の言った通りだよ。だけど、大友さんは違う。彼女はもうこの世の人ではない。生きていない。ダイスケさんが言った通り、もう亡くなっているんだよ」

 

 見るべき的をきちんと見ないと置いて行かれるだけ。しかも隣を見ているようでは話にならない。見当違いってやつだ。

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