第3話 釜ヶ崎


大好きな詩人がいる。

メンタルヘルスをテーマに詩を絶叫朗読する、成宮アイコさん。


私と同じ社交不安障害という診断名を持っている。


その成宮アイコさんが大阪の釜ヶ崎で朗読ライブをするという。


釜ヶ崎。

大阪の、日雇い労働者の街である。

正直、治安はあまりよくない。


迷って迷って、やっぱりどうしても会いたくて、ライブ開始にギリギリ間に合う時間に電車に飛び乗った。


当時、会社休職中、絶賛うつ状態。布団から身を起こすのも一苦労。

それが、西成に単身乗り込む。

無謀である。


案の定、迷った。


西成で迷子。放し飼いの犬が付いてくる。道端に酔っ払ったおじさんが寝ている。体痛くないのかな。


半べそをかきながらたどり着いた、西成の三角公園。毎年越冬闘争が行われる場所である。

意外と小さい。


そこの半円形のステージに、黒いボブカットの小柄な女性がいた。

成宮アイコさん。本物だ。


ステージの前にはゴザが引いてあり、日雇い労働者のおじさんたちがお酒を飲んだりしながら座ったり、寝そべったりしていた。若い女の子は1人もいない。


主催者らしき人が心配して、声をかけてくれて、椅子を用意してくれた。


「お嬢ちゃん、こんなえらいファンキーな街に1人でようきたなあ。トイレ、使うんやったらうちの事務所の使いや。公園のんは危ないで。」


西成のおっちゃん、紳士である。

別のおっちゃんは、私が恥ずかしがってるのを見て、かわりにアイコさんに話しかけてくれた。


アイコさんはいつも、詩を書いた赤い画用紙を持って朗読をする。それをぜんぶ私にくださった。


「これ全部あげます。生きてきた証に。」


自分で決めて、行動して、そして実現した。

会いたい人に会えて、伝えたいことを伝えられた。


これが、私が自信を取り戻した大きなきっかけ。

1週間後、ビーツのヘッドホンで成宮アイコさんの「あなたのハードルを全力でぶっ倒したい」という詩の朗読を大音量で流しながら、10ヶ月ぶりに出勤した。


そして、今。また立ち止まっている自分がいます。

人生ってうまくいかない。


「歩いても歩いても、また立ち止まる。人生は双六のようです。そして私のサイコロは、1を出してばかりで。でもそのサイコロに0がないことに救われています。」 成宮アイコ


少し休んで、また1から。

歩き出そう。大丈夫。私は私の人生を生きられる。




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