第14話

その時、管理人の柳田茂は、隣の別荘にいた。


懐中電灯を持ち、水野康子の部屋、そして、水野浩二がいた部屋をそれぞれ物色していた。


懐中電灯の先には、生前の水野浩二の写真が置いてあった。

眼鏡をかけて、ゴルフをしていたせいか若干、日に焼けた肌が印象的だ。


ただし、去年、水野浩二が自殺した時に見た姿は眼鏡をかけていなかった。亡くなったのは夜遅くだったから、寝る前に眼鏡を外して、自殺をしたのかもしれない。

柳田茂は、あらゆるところに眼鏡がないかも念入りに探し回った。


柳田茂は、部屋を歩き回っているうちに、ふと気が付いたことがあった。

一階のリビングの部屋に入って、フローリングの床に懐中電灯を照らしていた時だった。

フローリングの一部をよく間近に見ると、どうも木目が少し歪んで不自然な個所がある。まさか、と思いフローリングの細い隙間に手を入れて、全身の力を込めて持ち上げた。


フローリングの一か所は見事に空いて、その下は地下になっていた。


地下へと降り、梯子を下っていくと、そこにはまだ別の部屋があった。

その地下三畳ほどではあるが、一人くらいなら十分に暮らせるだろう。

小さな簡易的なテーブルの上には、食べ物、飲み物が置いてあり、パイプ椅子の上には、洋服などが散乱していた。


ラジオも置いてあり、小さな音で音楽が流れている。


柳田茂は、中を物色しながら、一通り終えると再び、梯子を登って、一階のリビングに出た。


そのまま、家を出ようと玄関まで来た時だった。

後ろから金属バッドを振りかざすような気配を感じ、柳田茂は反射的にそのバッドを手で必死に抑えた。その拍子に、柳田が持っていた懐中電灯が床に落ち、全く暗闇で見えない状態になった。


「おまえは誰だ?」

柳田は必死で金属バッドを抑えながら相手に聞いた。


この腕力からして、男であることには間違いない。いや、しかし女の場合もあるかもしれない。


「おまえこそ、誰だ?何故家を物色している?金目の物を盗もうとしたって無駄だ・・」


声はヘリウムガスを吸った後のような奇妙な甲高い声だった。

これでは、男なのか女なのかもわからない。


柳田は、なんとか力づくでその金属バッドを取り戻した。

相手は慌てて、家の暗闇の中から外へと逃げ出してしまった。



その時、麻里江は麻衣子と一緒に母親の部屋にいた。


母親は昔のアルバムを本棚から取り出して、麻里江と麻衣子に見せた。


「これはあなた達が小さい頃よ」


それは、まだ麻里江が五歳で、麻衣子が一歳の時の写真だった。


「わあー、可愛い。麻衣子、まだ赤ちゃんだ!」


「麻里江お姉ちゃんだって、三歳の時可愛かったんだね」


麻里江は、思わず、三歳の時だけ可愛かった訳?とからかい半分に、麻衣子の腕を抓った。


「わあ、お母さんも若くて綺麗!」


それは、母親がまだ三十代前半の頃の写真だった。父親と一緒に麻里江と麻衣子と写っている。恐らく、麻衣子の七五三の時の写真だろう。


別の写真を見ていると、見たこともない小さな男の子が所々に写っていた。

麻里江は首を傾げた。両親は二人とも一人っ子で確か親戚もいないから、その子供もいないはずである。


「ああ、この男の子ね・・・」


母親が微笑みながら言った。


「麻里江達が小さい頃、近所で仲の良かった男の子よ。その子も一人っ子でね。寂しいのかしょっちゅう家に遊びに来ていたの」


「へえ」


麻衣子と麻里江はその見覚えのない男の子を興味の眼差しで見つめていた。


「今、その男の子はどこにいるの?」

麻衣子は、聞いてみたが母親は首を横に振った。


「もう分からないわねえ。小さい頃、その後お父さんの仕事かなんかでどこか外国かなんかに行ってしまったから・・・」


麻里江達は残念そうに、その話を聞いていた。



松田兼則は、水野康子と電話を切った後、自分のアパートの四畳半ほどの居間で、ソファに座って煙草を吸っていた。


松田は、一枚の写真を持っていた。

そこには、小さな女の子二人が一緒に写っていた。それを眺めながら、煙草の煙を一気に吐いた。


女の子二人の家で一緒に人形遊びをしている写真もあれば、公園の砂場で、お城を作って松田が小さい頃、父親と一緒に微笑んでいる写真もあった。

どれもこれもが懐かしかった。

ただ、母親が今どこにいるのかその存在さえも知らなかった。


「父さん!父さん!」

と叫びながら、その写真をビリビリ破いていった。

その写真は、儚く空中に舞い散った。


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