第13話

「本当にその司法書士さんは信頼できるの?」


その時、水野康子は、望月幸子と喫茶店でミルクティーと飲みながら、向かい合っていた。


「信頼できると思うわよ。まあ、少し若い方だけど、市役所の方から紹介してくれたし。実際、会った時もそんな急がないで、私の判断に任せると言ってくれたわ」


それでも、幸子は腑に落ちない表情をしていた。


「だって、あなたって、言っちゃ悪いけど、世間知らずなところがあるでしょう?もし、下手な司法書士に関わったりしたら、あなたの売却する土地だって大損する可能性があるわよ」


康子は、自分が世間知らずのお嬢さんできて、今まですべて主人任せだったところがあるのは、自覚していが改めて言われると、少しムッとした。


「まあ、あなたはそういうけどね。私は、もうあの土地と、おさらばしたいのよ」


「どうして?」


「どうしてもこうしても、あなただって、あの別荘の隣の家族と会ったでしょう?私これ以上、なんだか気味悪くてあの家族とは関わりたくないのよ」


幸子もそれには納得した。


確かにあの家族は何か企んでいる。あの晩、あの家族に招かれた時、よからぬ雰囲気を感じ取った。


康子が言うように、早い段階であの土地を高い値段で売り飛ばして、主人の水野浩二との思い出も洗い流した方がいいような気がした。


「まあ、康子がそういうなら、早く手を打った方がいいわね」


幸子は、丸い肉付きのいい手をミルクティーのカップに手を伸ばしながら、ため息をついて言った。


「それで、いつその司法書士と会うことになっているの?」


康子は、幸子の顔を真剣に見つめながら言った。


「明日よ」


麻里江は家の中でそわそわしていた。もう東京の家に帰りたい。

バケーションは明日で最終日を迎える。明後日から会社に出社しなければいけないのに、無断欠席したら、間違いなく会社から連絡が入るだろう。


でも、それは逆に嬉しいことでもあった。


会社が麻里江の無断欠席に対して不審に思えば、連絡をしてくれるはずである。ましてや、携帯電話が音信不通になっていたら、なおさら怪しむだろう。


警察にでも連絡してくれれば、麻里江や俊之はこの恐ろしい別荘、いや家族から解放される。


麻里江は自分の部屋で俊之と意気消沈して、ベッドに横たわっていた。

その時、二階のハルおばあちゃんの部屋から不思議なお経みたいな声が聞こえた。


俊之と目を合わせると、二人でそっと二階のハルおばあちゃんの部屋の前まで行った。

やはり、部屋の中からハルおばあちゃんの不思議な、なんともいえない魔法のような言葉が矢継ぎ早に聞こえた。


俊之がそっと、ドアを静かに少し開けた。


ハルおばあちゃんは、仏壇に向かって座布団の上で正座をしていた。

その横には、父親と母親と麻衣子も座っていた。



「カルナサシバナ。ナンプルボクキョウ・・・・」


それは、なんだか暗示のような感じがした。

父親も母親も麻衣子もピクリとも動かず、麻里江達に背を向けて、その不思議な言葉に集中していた。

その暗示のような言葉が終わると、三人とも、急に倒れて気を失っていた。

でも、その表情はウットリとした幸せそうなものだった。


俊之と麻里江は、不思議な光景を見て、背筋がぞくぞくした。

そーーっとドアを閉めて部屋に引き返そうとした時だった。


「二人もおいで・・・」

ハルおばあちゃんは、こちらに背を向けたまま、俊之と麻里江の気配を感じていたのか、自分の部屋に入るよう指示した。


麻里江は、はっきり言って恐ろしくて早く部屋に戻りたかった。

でも、不思議とハルおばあちゃんの部屋は、平穏に満ちた雰囲気だった。


恐る恐る、俊之と麻里江はハルおばあちゃんの指示通り、部屋に入っていった。


「そこの座布団にお座り」


両親と麻衣子は既に畳の上で、眠りに入っている。


その三人の横に置いてあった三つの座布団のうち、二つの座布団にそれぞれ座った。

部屋に入って気づいたことがあった。お線香のような心の安らぐ木の香りだった。

なんの種類のお線香かは分からないが、麻里江は次第に興味が沸いてきた。


二人が座ると、またハルおばあちゃんの独特のお経が静かな部屋の中で音色のように響き渡った。

そうこうしているうちに、麻里江はうとうとしていることに気づいた。

これはなんだろう?と思っていると、横に座っていた俊之がバタンと倒れた。

その後、麻里江もウットリとしたまま、次第に意識が遠のいていくのだった。



「麻里江、起きなさい」


朦朧とした頭で目をゆっくり開けるとそこにはお母さんの顔があった。


今何時だろう?時計を見ると夜の七時だった。

そういえば、ハルおばあちゃんのお経を聞いていたのは昼間だったから、もう夜になっているんだ。


「晩御飯ができているから食べましょう」


麻里江は眠い目をこすりながら、二階のダイニングルームに向かった。

そこには、もう俊之が座っていた。

俊之は笑顔で、父親と晩酌を交わしている。

麻里江は、何故だか気持ちがリラックスしていた。


「麻里江、こっちに来なさい」

テーブルを見ると、ハルおばあちゃんと、父親、麻衣子も笑顔で麻里江の方を見ている。

麻里江もなんだか少し嬉しかった。まるで、一つの家族になったようだ。


なんで、今まで両親に反抗していたんだろう?と思うほど、気持ちは穏やかになっていた。

バケーションの残りの事もすっかり忘れて、麻里江は夕ご飯を久しぶりに美味しく食べた。

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