第11話

「今日はお二人でいらっしゃるとは思いませんでしたわ・・・・」


麻里江の母親の、春日典子は、唇の片端をあげながら、二人の顔を覗き込んだ。


「すみませんね・・。ちょっと、主人が亡くなって私も心細かったものですから、ついお友達を誘って、こちらに伺いましたの。お手間をお掛けしてしまって、申し訳ございませんね」


水野康子は、望月幸子と、春日家の人々と対面しながら食事をしていた。


「いえいえ、そんなことありませんのよ。私たちもご主人が亡くなられたことは本当にお気の毒に思っていますから・・・」


康子は、ちょっと不自然な家族だなと思った。

確か、お嬢さんもいたはずだが、目の前の食卓にいるのは、妻の春日典子と、その夫、春日雄二、そして、その母親、春日ハルの三人だけだったのである。


「お嬢様が確かお二人いたはずだと聞いてますが・・・」


康子は、シチューを口に運びながら訪ねた。


「ああ、あの世代の娘たちは毎日忙しくて、別荘には、今回来れなかったんですのよ。ねえ、あなた」


夫の水野雄二も大きく頷いた。



「なんか、おかしな家族じゃなかった?」


望月幸子は、帰りのタクシーの中で、水野康子に話しかけた。


「私もそう思うの。なんだか、他にも人がいたような気がするんだけど、食卓に今日いたのは、たったの三人だったわ・・・。気のせいかしら?」


ううん、と大きく幸子も首を横に大きく振った。


「あの家族は私を招待したけど、何か企んでいた感じよね。あなたが、一緒にいたのを見た時のあの奥様の表情。すごく都合が悪そうにしていたでしょう?」


「あなただけに話したいことがあったのかしらね?私はなんかお邪魔虫みたいな扱いだったわ」


幸子は、なんとなく腑に落ちない表情で窓の外を覗いている。


「特にあのおばあさん。車椅子に乗っていたけど、本当に脚悪いのかしら?随分血色の良さそうな元気そうな雰囲気だったわよ」


「私もそう思ったわ。それに、なんかどこかで会ったような気がするのよね・・」


二人とも気まずい雰囲気の中、タクシーの中で会話を繰り広げていた。



東京に戻ってから、翌日だった。

康子の元に市役所から電話があった。


「水野様でいらっしゃいますでしょうか?北鎌倉の土地に新築で建てられた別荘ですが、ご主人さまが亡くなられてから、一年が経ちますが、土地を売却するご予定はありませんか?」


康子は、やっぱり電話が来たかと思った。新築で購入したものの、一年も空き家の状態になっていては、市役所からいずれにしろ電話がくるのは時間の問題だと思っていた。


ただ、気持ちが追い付かない。


「ええ・・・、私の方でもそれは考えていたんですけどね。どうも、こう気持ちの整理がつきませんの。また、私、法律に関しては全く主人に任せていたものですから、どうすればいいのか分かりませんのよ・・・」


電話を寄越してきた市役所の男性は、声からして、四十代くらいだった。


「そうですか。そのお気持ちお察しします。もし、土地を売るにしても、法律に関してご不明な点があるのでしたら、こちらから司法書士をご紹介いたしますが・・」


司法書士。良く言葉では聞いていたものの、康子一人では、結局何年もあの土地が空き家のままになってしまうのならば、プロに任せた方がいいと思った。


康子は別荘の隣人とも昨日再会したが、あまり感じのいい家族ではないし、いつまでも夫の思い出に浸っているのも精神的に良くないと思い始めていた。


「ええ、わかりました。では、その司法書士の方をご紹介してください」



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