第10話 鬼神丸5

沢村誠真は永代橋に向かった。

三人目の犠牲者、松本佐平が殺害された場所だ。

理由は何も無い。ただ彼は直感に従っただけだった。


この刻、すでに人通りは無い。

沢村は何気に周囲の気配を探った。

双伍が10間の傍にいるはずだが、

まったくその気配が無い。


自分は覇道派一刀流免許皆伝の者。

それに奢っているつもりはないが、

人の気配を察する気の力はあるつもりだ。

だが、双伍の気配は感じられない。


まるで、忍びの者だな・・・

沢村誠真はふっと笑った。

だがその笑みはすぐに消えた。

忍び・・・・まさか。


まともに剣術も習ってないなずの岡っ引きが、

忍びなど。だが―――と沢村は思う。

かの<天魔衆>8名を、たったひとりで縄にかけた

あの手腕。やはり双伍は只者ただものではない・・・。


永代橋に差し掛かった時、沢村誠真は殺気を感じた。

見ると、橋のたもとに人影が見える。侍のようだ。

沢村の全身に緊張が走る。

間違いない・・・件の辻斬りだ。

だが頭巾のせいで、両目しか見えない。

沢村誠真は刀の柄をつかんだ。


「覇道派一刀流沢村誠真殿とお見受け申す。

 おぬしの命、頂戴ちょうだいいたす」

その辻斬りは刀を抜いた。鬼神丸を―――。

そして下段に構える。


沢村はついと辻斬りに近づいた。

間合いに入っても、まだ刀は抜かない。

その時、沢村は気づいた。

この辻斬りは相手の攻めを待っている・・・。

こちらが斬りかかるとそれを受け、

いや刀を叩き斬るのだ。


「ほう、我が剣を見切っているようだな。

 ではこちらから参ろう。さすれば己が剣も

 抜かねばなるまい」

辻斬りはすさまじい踏み込みで、沢村誠真に迫った。

鬼神丸を中段から斬りつけてきた。


沢村は目にも止まらぬ速さで抜刀した。

鬼神丸と交差し、宵闇に火花が走る。

だが、沢村の剣は鬼神丸を受け止めていた。


「馬鹿な!鬼神丸を止めただとッ!?」

辻斬りの双眸が驚愕に見開かれる。


「双伍――――――ッ!」

沢村誠真が叫ぶ。

次の瞬間、沢村の背後に突風が起こった。

沢村誠真は右肩に一瞬、重みを感じた。

双伍が右足を掛け、辻斬りに向かって飛んだ。

沢村を踏み台にして、飛んだのだ。


双伍の両の手に握られた十手が、

辻斬りの頭上に迫る。辻斬りはとっさに左手で脇差わきざしを抜いた。

迫る双伍に斬りつける。


双伍は十手の受けで、その脇差を封じた。

しゃがみこむようにして、辻斬りを睨む。

双伍は十手を捻り、脇差をへし折った。


「おのれッ!」

辻斬りは鬼神丸を構えなおして、

双伍に斬りかかった―――。

だが、そこには双伍の姿は無かった。


辻斬りは殺気を感じた。おのが頭上を仰ぎ見る。

双伍はつむじ風のごとく、空に舞っていた。


辻斬りは決死の速さで、鬼神丸で斬りあげようとする。

だが、双伍の方が速かった。


「てめぇのお遊びで、骸となった者たちのうらみを

 思い知れッ!」


双伍の両の十手が、辻斬りの両手首をくだいた。

骨が粉砕ふんさいされる音が、沢村誠真にも聞こえた。


辻斬りは声にならぬ絶叫を上げて、もんどりうった。

まだ肩で息をしている沢村は、

倒れている辻斬りに近づいて、着物をめくる。

その腰にはたしかに<竹の三つ葉>の家紋かもんの入った

煙草入れがあった。そして頭巾を取る。


「こやつか・・・たしかに加藤家の次男坊だ」


双伍は着物の袖から一枚の葉を出した。

それを口に含んで、高らかに吹く。

周囲にいた与力同心、下っ引きが、

双伍と沢村誠真の周りに集まってきた・・・。



「おまたせしました」

食事処<あじさい屋>の娘、お藤が

縁台に座っている沢村誠真の元に、

みたらし団子3本が乗った皿を持ってきた。


「お、おう」

お藤から皿を受け取る沢村の顔が

緊張にこわばっている。

隣に座っている双伍に苦笑の色が浮かぶ。

昨夜、あの鬼神丸を受け止めた者とは思えぬ顔だ。


「双伍、何がおかしい?」

沢村が双伍をにらむ。


「旦那、聞きてえ事があるんでさ」


「何だ?」


「あの刀を斬る鬼神丸を止めた刀。

 あれはなんという刀ですかい?」


沢村誠真は団子を食いながら、もごもごと言った。


「ああ、あの刀はな。長谷川平蔵の親方から

 預かったんだ。これを持っていけ、とな」


「するってえと・・・」


「親方の愛刀、<粟田口国綱>だ。

 でなけりゃ鬼神丸を止めることなんぞできねえよ」


いや・・・と双伍は思う。

たとえ<粟田口国綱>といえど、あの辻斬りの

まさに鬼神のごとく速い抜刀を受け止めるには、

旦那のような達人にしかできぬこと。

双伍は団子をほおばる沢村誠真を畏敬の念で見た。


勘定を済ませ、二人は<あじさい屋>を出た。

沢村は隣を歩く双伍を横目で見た。


昨夜、オレの背後に感じた突風。

あれはまさに風だった。殺気をはらんだ風。


双伍。おめえ一体何者だ・・・?



捕り物控え二 鬼神丸 完


「仇討ち」へと続く―――

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