第4話 天魔衆4

それからひと月ほどが経った。今宵は新月。

沢村誠真以下、徳松新太郎とくまつしんたろう古川邦助ふるかわほうすけ柳川冴紋筆頭同心やながわはもんひっとうどうしん森村忠助もりむらただすけ

佐々木音蔵ささきおんぞう家永幸太郎いえながこうたろう川田一郎かわたいちろうなど腕利きの同心8名。

そして下っ引き20名ほどに十手を持たせて、

人形町の紙問屋千羽屋を取り巻いて張り込んだ。

無論、気取られること無く、大滝や戸板に身を隠した。


だが沢村は双伍のことが気がかりだった。

下っ引きの弥助は捕縛くらいしかできまい。

となれば、たった一人で賊と渡り合うことになる。

そんなことにならなければいいが・・・と心から思った。

とはいえ、ここ紙問屋千羽屋に賊が現れ、斬り合いともなれば、

こちらも無事では済むまい。

しかしそれは火付け盗賊改め方として、覚悟の上である。

そうしている間にも、闇夜は漆黒に染まっていった。

どこかの寺で、丑二つの鐘が闇夜に鳴り響いた―――。


深川不動の瓦問屋の大店長洲屋の上には、

黒く染まった月が浮かんでいた。

無論、常人には見えない。

ただ、常人ならぬ闇に目の効く者たちがいた。

数は8人。全員黒づくめだ。背には忍者刀を背負っていた。

屋根伝いに長洲屋の上に集う。

音も無く瓦を剥ぎ取り、人一人通れるだけの穴をうがつ。


8人は屋敷の中に舞い降りた。

しかし、<天魔衆>の頭目と思しき男は、

この屋敷に人の気配が無いことを知った。

ただ、2人を除いて・・・。


しくじった。罠か!

頭目は目の前の20畳ほどある大広間のど真ん中に、

淡く人影があるのを認めた。


「貴様、誰だ?与力か?」

頭目は声を鎮めて問うた。

ほかの7人の忍びの者も肩の忍者刀に手をかける。


「<天魔衆>も落ちたもんだ。よりによって、

 盗賊になるとはな」


「貴様、我らのことを・・・!

 お前、何者だ」

頭目はしぼりだすように言った。


「岡っ引きの双伍だ」


「岡っ引き?」

頭目の口元に余裕の笑みが浮かんだ。


「我らが<天魔衆>だとよくわかったな」


双伍は帯に差していた物を、目にも留まらぬ速さで

投げつけた。それは忍者の一人の額に深々と突き刺さる。

その忍者は後方に吹っ飛んで息絶えた。

ひたいに刺さっていたものは、長谷川平蔵から預かった、

<天魔衆>の棒手裏剣だった。


「こんな物、現場に残すたぁ、つくづく間抜けだな」


こいつ・・・只者ではない。

頭目以下、6人の忍者に殺気が立ち上った。


「そこまでばれていては仕方あるまい。

 オレの名は天魔衆の連蔵れんぞう

 見たところ、おめえ意外にここにはいねえみたいだ。

 おっと、ふすまに隠れている雑魚ざこがいるか」


「ああ、こいつはてめえらを捕縛するためにいんだ。

 それ以外は、てめえら腐れ外道とオレだけだ。

 家人の者は皆、避難させている」


「腐れ外道だと!」

連蔵は血色ばんだ。


「無抵抗の女子供まで殺すたぁ、腐れ外道だろ。

 まだ忍びのつもりでいんのか?笑わせるぜ」


「たった一人で、我らを相手するとは・・・

 お前はただの阿呆だ!」

連蔵は両手の指に挟んだ、8本の棒手裏剣を

双伍に向かって放った。


双伍は帯から2本の2尺十手を引き抜き、

5本の棒手裏剣を弾き飛ばした。

残り3本は鉄の籠手で叩き落す。

そして、さらに7人の忍者に向かって突進する。


「うつけがッ!」

連蔵が刀で双伍を横殴りに切り込む。

しかし、そこには双伍の姿は無かった。


双伍は飛んで、配下の忍者2人の頭の上に両足を乗せていた。

そのまま、体重をかけて2人の忍者の首をへし折った。

そしてさらに空を飛ぶ。


「おのれッ」


連蔵の配下と共に、数十本の棒手裏剣を

双伍めがけて放つ。

しかし、双伍も十手と籠手でそれらを弾き飛ばす。


「この動き・・・お前まさか、忍び!?」

連蔵の顔に初めて焦りの色が浮かぶ。

しかもこの動きは<風魔>

<風魔>はその名のごとく、風のような動きをする。

ある時は突風、ある時はつむじ風、そしてある時は竜巻・・・。


板の間に着地した双伍は、連蔵たちをにらみつけながら

言った。


「てめぇらは、どうせ打ち首獄門さらし首だ。

 冥土めいどの土産に教えてやろう。

 オレの昔の名は、風魔小太郎」


「ふ・・・風魔・・・小太郎だと・・・」

風魔小太郎とは<風魔衆>の頭領とうりょうに代々受け継がれる名だ。

しかもこんな若造が・・・


「わかったら、本気でかかってきやがれ」

双伍は長大な十手を、連蔵たちに差し向けた。


「世迷言を!お前なんぞが<風魔>の頭領だと?」

連蔵以下5人は、双伍に向かって剣を振りかざした。


双伍は3人の刀をかわしながら、十手で叩き折り、

返す動きで3人の頭骸骨を砕く。

残った配下の者は、下段から切り上げるように

双伍を襲った。だが、双伍はバク転しながら、

その忍者の頭を両足で挟み込み、ひねる。

頚骨けいこつが折れる不気味な音がした。


双伍はゆっくりと立ち上がり、一人になった

連蔵を見据えた。


「さあ、どうする?おとなしくばくにつくか?」


「笑わせるなッ!」

連蔵は刀の切っ先を双伍に向けて、突進した。

双伍は紙一重でその突きをかわし、十手で

連蔵の水落ちを突いた。


連蔵は白い泡をふきながら、もんどりうった。

手足が痙攣けいれんしている。


「弥助、縄をかけろ」

双伍の言葉に、襖の陰に隠れていた弥助が現れて、

連蔵を捕縛した。


双伍は袖から1枚の葉を出した。

それを口に含み、高らかに草笛を鳴らした。


その音色は闇を貫き、人形町の紙問屋千羽屋に

張り込んでいた沢村誠真たちの耳に届いた―――。

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