第2話 天魔衆2

清水門外の役宅、その裏手の土間に双伍は、

膝をついてたたずんでいた。


「ほう、おめえの見立てでは、仏の刺し傷は

 忍び刀じゃねえかと?」

長谷川平蔵宣以はキセルの煙をくゆらしながら言った。

板の縁側にあぐらを構えている。


「へえ、侍の刀傷にしては、血の量が少ねえし、

 傷口も細い。それにどの仏も、たった一刺しで

 殺されているんでさぁ。もうひとつ言わせてもらえると、

 新月の闇夜の中で、これほどあざやかに働きができるのは、

 忍びの者ではないかと」

双伍は両眼を細めた。


「なるほどな。忍びの者であった、おぬしならではの目立てか。

 先月にも同じような事件があったのは知ってるな?」

平蔵はキセルの灰を膝でポンと叩き落した。


「へえ、三味線堀の反物問屋たのものとんや伊勢屋の件でしょう?」


「そうだ。主人とその女房、ふたりの年端としはも行かぬひとり娘以下

 奉公人ほうこうにん含めて15人が殺害され、2000両が奪われた事件だ」

平蔵の目が虚空を睨む。そして袖から手ぬぐいに包まれた、

長い包み物を双伍に手渡す。

双伍はその包みを開いた。その両目が見開かれる。

そこには6寸ほどの棒手裏剣が収められていた。

そしてその棒手裏剣の持ち手の隅に<天>の文字が刻まれている。


「双伍よ。おめえなら、その忍びが何者かわかるんじゃねえか?」


「へえ、これは間違いなく<天魔衆>のものでござんす」


「その棒手裏剣は、伊勢屋の女中の額に刺さっていたものだ。

 奴らもあせったんだろう。女中に気づかれてそれを

 放ったんだ。何の証拠も残さぬつもりだったようだが、

 誤算というやつか」

平蔵は新たな煙草をキセルに詰めて、火鉢で火をつけた。

一服すると、双伍に問いかけた。


「<天魔>といやあ豊臣についてた忍びだろう?

 それが夜盗に落ちるたあ、洒落で済まねえぜ。

 それに<天魔>は<風魔>と並ぶ忍びの名門だろう?

 その誇りはどこへやら・・・」

平蔵の言葉に、双伍は無意識に顔を曇らせた。

その面持ちに気づいた平蔵は、バツがわるそうに頭を掻いた。


「いやなことを思い出させてしまったようだな。

 双伍、勘弁な」


「いえ、とんでもねえです。オレが今生きているのは

 旦那のおかげででさぁ」

双伍の顔にも苦笑が浮かんだ。


「悪いこと思い出させついでにと、いっちゃあなんだが、

 <天魔>とおめえの忍び元の<風魔>は、

 戦国の世の頃に、暗殺集団の双璧として名を

 知らしめた忍びの一族だろう?」

平蔵は煙草の煙を吐きながら言った。


「その通りでさ。世も徳川公の時代。この平安の世では

 暗殺を生業なりわいとする忍びは、もう用がねえってんで

 ちりじりに霧散したんですがね。

 その忍びの術を賊をするために使うたぁ・・・。

 それも何の罪も無い堅気衆を襲うとは、許せねえ!」

平蔵の前ということも忘れて、双伍は両の拳を膝の上で握り締めた。


「すんません、旦那・・・つい」


「お前のその正義感にオレは期待してるんだ。

 ・・・で、おめえの予想では次はどこが狙われる?」

平蔵は双伍の目を覗き込むようにして、言った。


「旦那もそう読んでますかい」


「この短期間にこれほど強引な強盗をやってのけてるんだ。

 そんじょそこらの押し込みとは、わけが違う。

 並みの盗賊なら女も犯すし、火付けもやる。

 だが、こやつらは女にも目もくれず、あっさりと殺しやがる。

 それによほどの自信があるのか、ほとんど証拠を残さねえ。

 この棒手裏剣だって、双伍、おめえの見立てが無けりゃ

 おいそれとは判別できなかったにちげえねえ。

 オレはな、こいつらの急ぎ働きはまだ続くと踏んでいる」

平蔵の双眸そうぼうがギラリと光る。


「オレも旦那と同じ考えでさ。

 最初の事件が三味線堀の反物問屋伊勢屋、次が油問屋の宝月屋、

 偶然かもしれませんが、奴らは南に向かってるような気がするんです」


「なるほどな・・・じゃあ次は人形町か深川不動辺りか・・・」

平蔵はあごに手をやり、思案した。

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