魔を断つ剣

「ごちそうさま!」

 加奈子たちの今日の夕食はポークカレーだ。これは秀虎の好物だ。彼ら四人は、茶の間でバラエティー番組を観ていた。秀虎は言う。

「どうもお笑い番組というのは、芸人同士の派閥争いの匂いがするのだな」

 倫は言う。

「確かに雑誌とかネットとかでもそういう噂はありますもんね」

 小百合は言う。

「どうせ、単なる噂でしょ? ガセネタかもしれないじゃない」

《ピンポーン!》

 誰か来た。

「はーい!」

 加奈子は玄関へ向かった。

「例の刺客か!?」

 秀虎がついて来た。

「加奈さん、ブライティだよ。先生もいるよ」

 加奈子は恐る恐るドアを開けた。ブライティと一緒に、背が高く上品そうな老紳士がいた。

「太公望殿か」

「おお、秀虎よ。完全復活したな」

 加奈子と秀虎は来客二人を家に迎えた。


「果心の調べによると、あの女は暴力団と関わりがある」

 あの女…凛華の事だ。

 太公望呂尚を名乗る老紳士が言うには、彼女の家では今頃、警察が違法薬物所持の疑いで家宅捜索をしているらしい。他にも、彼女とつながりのある暴走族や暴力団事務所にも家宅捜索が入っているという。

 加奈子は寒気を覚える。私はとんでもない連中を敵に回していたのね。

「秀虎よ。おぬしの戸籍やその他諸々をこしらえてやったぞ。倫の大学の先輩という経歴なども作っておいたし、これで車の免許を取れるし、就職活動も出来る。まあ、嘘も方便だな」

「…あ、ありがとうございます!」

 加奈子は思い切って、老紳士…呂尚に尋ねた。

「なぜ、ヒデさんを復活させたのですか?」

 呂尚は言った。

「宇宙開発とは何のためにあるのかね? そう、人口問題のためだ。『ガンダム』のようなアニメは、人口問題が元になっておる。私が主役になっている『封神演義』のような物語もあるし、トロイ戦争の発端となった黄金のリンゴの話もある」

 何だか壮大な話になってきた。さらに続く。

「『ガンダム』みたいにスペースコロニーを作るという手段もあるが、それでも限界はある。そのためにも、新天地を目指すためにさらなる文明の進歩が必要なのだ」

 倫が言う。

「つまり、俺らのいる太陽系を脱出して、新たに植民出来る惑星を探す必要があるのですね? それでノアの方舟みたいな宇宙船が必要なんですね」

 呂尚はうなずく。

「そうだ。この地球ほしには寿命がある。そのために、新たに『ノアの方舟』を作る必要があるのだ」

「それで、なぜ私たちがその計画に選ばれたのですか?」

「そなたらの血から生まれる頭脳が、この計画には必要だからだ」



 凛華は留置場にいた。彼女は一人、加奈子への憎しみを一層つのらせていた。

 花川加奈子、「平凡な幸せ」で満足出来る女。しかし、自分にはそれすら与えられなかった。

 凛華は一部のクラスメイトを操って、何度となく加奈子を陥れようとしたが、加奈子の親友たちが彼女を守った。不動涼子と樽川若菜という二人の人気者たちが加奈子を守っている限り、凛華は加奈子に決定的なダメージを与えるのは不可能だった。

 あの二人も憎かった。凛華は彼女たちを仲違いさせようと策略を練ったが、自分自身のトラブルのせいで果たせなかった。

 もし自分が何もかも「恵まれた」家庭に生まれ育っていたならば、加奈子ごときは敵ではなかった。加奈子よりずっとランクの高い大学に進学して、卒業後は一流企業に勤めていたハズだ。

 そうこう考えているうちに、自分の母親とその同居人の男も逮捕されたと知らされた。凛華の娘に対する虐待が理由だった。

 凛華には、母親にも娘にも全く愛情がなかった。凛華が愛しているのは凛華自身だけ、凛華を愛しているのもまた、凛華自身だけ。彼女は、何もかも虚しくなった。

 彼女はブラウスを脱ぎ、袖を自分の首に巻いた。


「いかん! 自殺したか!?」

 果心は驚いた。留置場の個室の窓から飛び出した凛華の魂を追って、彼も光の玉になって飛び立った。

「あの女、悪霊になってまでもやる気か!?」

 果心は舌打ちした。

 青白い火の玉が、花川家を目指す。果心は火の玉を追って飛んでいるが、意外と敵は速かった。

「呂先生とブライティ、何とか踏みとどまってくれよ」

 果心は、呂尚とブライトムーンが加奈子の家に留まっているのを期待した。

「子胥殿から借りたこいつがあって良かったぜ」

 彼の手には、黒い鞘に収められた剣があった。



「先生、嫌な予感がするよ」

 ブライティが言った。呂先生はうなずいた。

「今夜は泊めてもらおう。いや、見張らせてもらおう」

 倫と小百合とブライトムーンと呂尚。加奈子の家に四人も客が泊まるとは、祖母が亡くなって以来初めてだ。

 来客たちの申し出からして、何かただ事ではない事態があるのだ。

「む、あれは!?」

 秀虎が指差した先には、青白い人形ひとがたの光があった。

 浜凛華!

 女の形の鬼火。髪を逆立てて、憤怒の形相でそこにいる。

「マジかよ…幽霊だなんて」

 倫も小百合も顔面蒼白になっている。加奈子は思い切って、その鬼火に声をかけた。

「あ、あんた、留置場にいるんじゃないの!?」

《お前を殺す! 地獄に落とす! 食い殺す!!》

 ヒステリックな女の叫び。まさしく狂気じみている。

 秀虎が加奈子を守るように、凛華の悪霊に立ちはだかった。

「加奈に手を出すな!」

《あたしの邪魔をする奴はみんな敵だ! 死ね!!》

 凛華の茶髪は、ギリシャ神話のメデューサのように、蛇状にもつれて揺らめいていた。両目はカッと開き、口は耳元まで裂けて大きく開いている。

 その時、あの暴走族から加奈子らを助けた男の叫びが聞こえた。

 見上げると、その男が天井に張り付いている。まるで忍者みたいだ。

「秀虎! こいつを使え!」

 あの男、果心居士。彼は一振りの刀を秀虎に投げ渡した。

 黒い鞘に収められた刀。いや、日本刀とは違う形の剣だ。その柄には、ピカピカに磨き上げられた黒い石がはめ込まれている。


属鏤しょくるの剣」


「そいつの魔力なら奴をぶった斬れるぞ! そいつを使って自害したお方の魔力が込められているからな!」

 秀虎は剣を抜き、迷わず青白い光をぶった斬った。

《ギャッ!?》

 凛華の亡霊は真っ二つに切り裂かれ、無数の青白い光の粒子になって、消え去った。

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