最上にして最低なる生き物

「まったく……」


ルーク(旦那)は、困った時のクセで鼻をかいていた。

次に続く言葉はわかっている。

「まったく」

「あなたって人は」

「責任取れるんですか」


「ぜったいに嫌だ!」

「……まだ何も言ってませんよ」

苦笑をにじませ、ルークがため息をついた。

「猫とか犬を拾ってくるなら分かりますけど…」

「それが人だったから、なんだっていうんだ!

 お前は同族を見捨てるのか!

 人でなしだぞ!」

「うーん…そういわれると弱いですね」


そんな風にやいのやいのと口論を交わしている時。

私の足元に転がっていたボロ雑巾…ではなく、若い男が目を覚ましたようだった。


「こ、ここは」

男がこちらを見ていた。一瞬目が合い、訝しげに上から下を観察される。

あまり気持ちいいものではない。が、こちとら魔王。観察されることには慣れている。こちらも十分に観察してやろう。


と、そんな気持ちでいたのだが。


「結婚してくださいっ!」


その男は私の両手をにぎり、臆面もなくそうさけんだ。


「その美しさ。強さ。見え隠れする儚さ…。

 僕はあなたに出会うために生まれた。運命。そう、これはデスティニーなんです」

「無理だ」

熱弁をふるう男の手をふりほどく。私は右手でルーク(旦那)を引き寄せた。

「旦那だ」

「旦那です」

「嘘だ。こんな冴えなくて働きもせずヒモでいそうな男が旦那なんて…ありえない。

 騙されてますよ! 僕ならぜったいに幸せにしてみせる!」

その言葉に、ムクムクと湧き上がる感情。

魔族故に慣れ親しんだ感情だ。「怒り」というやつだな。

我慢するのは我らしくない。

「おい、男。せめてもの慈悲だ。選ばせてやろう。私もルークに出会って丸くなったのだ。

 冷たいのと熱いの、どっちがいい? 一瞬で絶命することに変わりはないがな…って」


ペタ、と頭の上に感触。ルークの手のぬくもりを感じる。

「止めなさい」

「やめない。私はな、お前が馬鹿にされることが何より許せないんだ。

 私が選んだお前だぞ? 誰よりもかっこよく、すてきで、魅力的なんだ。

 誰がなんと言おうとだ」

「これは公開なんとやらってやつですね」

ルークは苦笑して首をふり、

「知ってますよ」

とだけ言った。

「じゃあ殺してもいいじゃないか」

「ダメです」

頭に、手刀。

「あなたはすぐそうやって極端に走る傾向がある。

 いいですか? 悪いところは指摘して、反省をうながすんです。

 よりよい人間を目指して生きるんです。間違いは許してあげるのがつとめです」

「めんどくさいのだな人間というものは」

つくづくそう思う。

気にくわなければ叩き潰せばいい。

怒りのままに力をふるえばいい。

勝った方が正義で、生き残った理屈が正論だ。

魔族はシンプルだ。


しかし、ルークが言うのならしょうがない。

こういう言い争いをしたのは今回が初めてではない。

何回も繰り返し、何回も止められ、こいつは自分を馬鹿にしたやつを許した。

そしていつもとは少し違う目で、こちらの目をのぞきこみながらコンコンと諭すのだ。


「お前がそこまでいうならな。今回だけは許してやる。

 仏は3度まで許すというが、魔王に二度目はないぞ」

私がそういって視線をルークから男にうつしたとき。


「うう・・・・」


男は泣き崩れていた。

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