第39話 背けた過去
「ありがとな、恵梨香。俺ほんとに嬉しかった」
そう言って、桐島君は、まっすぐ私を見つめて微笑む。彼の色白の顔は、薄紅の花びらが舞い散る中で、どこか消えそうなほど、儚げに見えた。
「俺が入院してる時、毎週お見舞いに来てくれてさ。学校のいろんな話してくれて。行ってなくても、何か学校行ってるみたいに、楽しかった。俺ね、ほんとに嬉しかったんだ……」
桐島君の言葉に、私は笑った。
「そうだったねぇ。桐島君、サッカーの試合で足怪我して、入院した事あったもんね。あの時も、ノートを……」
「なぁ、恵梨香」
不意に、桐島君が私の言葉を遮った。
「まだ、思い出せない?」
「……え、何を?」
桜の木々が風に吹かれて、さわさわと音を立てる。
「俺……サッカーなんて、してないよ」
桐島君は、ぽつりと呟くように言った。
それは、どこか遠くから聞こえてくるような、儚げな声。
「え……何言ってんの?だって、桐島君はサッカー大好きで、チームのエースで。試合でも、いつもシュート決めてさ。それで、いつも休み時間は……」
なぜか必死に言葉を繋ぐ私に、桐島君は、桜の花びらを乗せた自分の白い手のひらを見つめながら、ふっと悲しげに笑った。
「俺は、サッカーなんか出来る体じゃなかった。病気でずっと入院してたから」
なんでだろう……?
耳鳴りがする。
「ずっと入院……」
私の中で、何かが音を立てて崩れそうな予感がした。
「俺が何で、この夢に出て来たか分かる?」
桐島君と私の間に、たくさんの花びらが降り落ちてゆく。
「お前が春を嫌いなのは……」
「ダメ……!聞きたくない……っ!!」
彼が発する言葉の先を塞ぐように、桜色の花びらが、嵐のように一層激しく吹き荒れる。
「俺が……死んじゃったからだよね?」
吹き付ける桜色の吹雪の中、私の頬を熱い涙が伝ってゆく。
……神様。
そうです。
本当は知ってました。
私は、春が嫌いなわけじゃなくて。
あの春の日に、大好きだった桐島君が死んだ事を受け入れられず。
ただ、春が嫌いな事にして。
ずっと、ずっと。
彼の死から。
目を背けてただけなんです。
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