第38話 夢の中の春へ

「これは……」


私の顔や手のひらに落ちてきているのは、雪ではなかった。


「桜?」


辺りを見渡すと、私は、終わりの見えない桜色の世界にいた。


信じられない。こんなことって……。


私は家にいて、しかも今季節は冬じゃない。


なんで?


延々と続く桜並木の世界で、ぽつりとベッドの横に立ち尽くす私。


「う~ん」


ぽかぽか春の陽気の中、私は腕を組み、首を傾げた。


そして、少し経って。


「あ、ここ夢か」と納得した。


だけど、よりによって嫌いな春の夢を見るなんて、私もついてないわね。現実通りの綺麗な冬でいいのに。


ぶつぶつ言いながら、私は桜の木々の間をゆっくりと歩き始めた。


すると。


「恵梨香」


不意に名前を呼ばれた。


「えっ」


私は後ろを振り返る。そこには、とても懐かしい顔の男の子が立っていた。


「桐島君……」


振り返ったその先には、小学五年生の春、転校していった桐島君が立っていた。


「恵梨香、久しぶり!」


あの頃と変わらない声と姿で、桐島君は呼びかけてきた。


「桐島君!何でここにいるの?」


「何でって言われても……」


困ったように彼は頭をかいて、ぽつりと。


「夢、だからさ」


そう言って、ころころと笑った。何だか当時と全然変わらない桐島君に、私もつられて笑ってしまった。


「そうだよね。夢だもんね!それにしても懐かしいなぁ。五年振りだもんね!」


思いがけない再会に、私は子供のように、はしゃいだ。


それから、二人で、あの頃のいろんな思い出話に夢中になった。


ここが、夢の世界であることも忘れて。


ひとしきり話した後、私は、あらためて、この夢の世界を見渡した。


「それにしても、ここ、すごいよねぇ。見渡す限り、ずっと桜並木」


「ああ」


二人して、夢の世界をぐるりと見回した。


青い空と、一面の桜並木。


そして、この夢を全て覆い尽くすかのように、舞い散る薄紅色の花びらたち。


私は、深いため息をついた。


「まったく何だって春の夢なんか……」


私が、そう言うと、桐島君は小さな手のひらを空に向けた。色白の手のひらに、桜の花びらが、ふわりと舞い落ちる。


「なぁ、恵梨香、覚えてる?お前、俺のために、いつもノート書き写してくれたよね」


桐島君の言葉に、私は笑った。


「覚えてるよ!だって、桐島君、授業聞かないで、ちっともノート取ってないんだもん」


「あれさ、めちゃくちゃ助かったよ。すごい分かりやすく書いてくれてて」


彼は、一枚の花びらを指で挟んで、それを見つめながら言った。


「そうだったね。懐かしいなぁ。自分のノートを取った後に、桐島君用のノートにも書き写して。だから、私のノートは全教科、二冊のノートがあったんだよ」


後にして思えば、コピーを取れば簡単だったのに、その時の私は律儀に全部書き写していた。

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