09:指針

 金曜日の夜。どこの居酒屋も混んでいて、僕と門木は四軒目でようやくビールにありつくことができた。


「かーっ、うめえ! 生き返る!」

「門木、お前セリフがオッサン臭いぞ」


 好き嫌いの無い同期は面倒でなくていい。僕は門木に好みを聞くことなく、さっさとスピードメニューを頼む。

 今回も、例によって門木からの誘いだった。何でも重大な報告があるらしい。


「俺、彼女できた!」

「はっ?」

「しかも職場恋愛! あ、まだだけど」

「どういうことだよ?」


 聞くと、内定者懇談会で出会った女の子、つまりは四月から入ってくる新入社員に手をつけた、ということらしい。


「突っ込みどころ満載なんだが、とりあえずおめでとう」

「おう、今日は奢るから遠慮せずに飲めよ!」


 そういうことらしいので、遠慮なく二杯目のビールと、揚げ物を頼む。

 どうやら、前回ファミレスで会った時に熱心に話していた、ハーフ系の美女と付き合えたようだ。出会ってからそんなに間もないだろうに、奴もそうだが、彼女の方も凄いと思う。

 僕はまだ、あの事をどうするか決めかねているというのに。


「万一、配属先が同じだったらどうするんだ?」

「その時はその時っしょ」

「周りにバレたら? 彼女の立場的にキツくなるんじゃないのか?」

「そこはしっかりフォローするって」

「……僕はお前のそういうとこ、羨ましいよ」


 深々とため息をつく僕の様子に、門木は声のトーンを落とす。


「立野、お前何か悩んでるのか?」

「詳しく話すと長くなるんだけど……」

「じゃあいいわ」


 その答えを聞いて、僕はつい吹き出してしまう。こいつは入社した時から、長い話を嫌う奴だった。逆に僕は、門木に質問する。


「その子と付き合う時さ、お前は悩まなかった? 自分と付き合うことで、彼女がどうなるかって」


 僕はずっと、そのことを自問自答している。

 陽奈を連れて行けば、彼女は慣れない環境の中、必死に僕のために尽くしてくれるだろう。けれど、結婚するとなったら。彼女は一度、婚約破棄されている。それだけに、不安は大きいだろう。僕だって、彼女を本当に幸せにできるのか、自信が無い。

 もし、陽奈を振れば、また彼女を傷つけることになる。今度の傷がどのくらい深くなるか、全く想像がつかない。

 そして、夕美のこと。彼女はおそらく、今の僕のことも、好きでいてくれている。さすがの僕もそれは解った。だけど、僕は彼女にふさわしい男なのだろうか。


「そういうことは、俺、考えなかった」


 エイヒレを口に放り込みながら、門木はそう言った。


「まあ、俺だってバカじゃないから、職場恋愛のリスクは承知の上だよ。でも、好きになっちゃったのは仕方なくね?」

「彼女、凄い美人なんだろ? お前を卑下しているわけじゃないけど、自分なんかがって考えなかったのか?」

「いいや、別に。ただ、覚悟は決めてた。付き合うからには幸せにする、ってな」


 軟骨のから揚げが運ばれてくる。門木はそれをホイホイ平らげていく。


「門木ってチャラチャラしてるけど男らしいのな。見習いたい」

「ま、どんだけ見習っても、立野は俺にはなれねえよ。何に悩んでるのか知らないけど、お前らしく答えを出せばいいんじゃね?」


 門木はビールを注文する。僕は、自分がいつもより飲んでいないことに気付く。


「なあ門木、僕、お前のこと好きだよ」

「やめろ! 俺はそういう趣味ないぞ!」

「そ、そうじゃなくて。お前みたいな奴が同期で良かったって褒めてるんだよ」

「はいはい! もう、びっくりさせんなよ」


 高畑さんに、波流の店へ連れて行ってもらった頃辺りから。僕は正直、一人で飲むことの方が好きになりつつあった。

 でもこうして、尊敬できる男友達との安居酒屋も、やはりいいものだ。しばらくそれを、忘れていた。

 それから僕たちは、金曜日なのをいいことに、終電まで飲みまくった。

 帰るなり、風呂にも入らずベッドに倒れ込み、昼になって目が覚めた。

 シャワーで汗を流しながら、門木の言葉を反芻しつつ、息を整える。僕がこれからどうするか、その指針がようやく見えつつある。

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