35:久々のログイン

 帰宅して、あたしは入念にメイクを落とす。夜の洗顔のことは、ラナちゃんに口酸っぱく言われていた。これを適当にしていると、後々大変なことになるのだと。今まで何もやってこなかったあたしには、かなり面倒な作業なのだが、徐々に慣れていくのかもしれない。


(さて!顔も洗ったし、今日こそはLLOするぞ!)


 このところ、あまりログインできていなかったので、勘が鈍っている気がする。なので、あたしはまず、アミエンの町の修練場を訪れる。このエリアでは、スキルポイントを消費することなくスキルを使うことができる。ステータスが上がることはないのだが、コンボを練習したり、大技に挑戦したりすることができるのだ。あたしの職業・アーチャーは、プレイヤー自身の集中力が必要とされるので、駆け出しのころはしょっちゅうここに通っていた。そろそろ、初心に戻って修練しなおすのもいいだろう。

それに、個別のブースに飛ばされるので、他のプレイヤーと出くわす危険性が無い。フレンド状況を確認すると、ラック、ワイス、ノーブルの三人はログインしていないようだ。ホッとする反面、少し不安になる。ラックはあれから、一度もログインしていないのだ。さすがに心配になってきた。


「ようこそ、修練場へ。受付のマリエンヌでございます」


 金髪の受付嬢が、今回の希望ブースと修練時間を質問してくる。修練場は大きな町に必ずあるのだが、どこへ行っても受付はマリエンヌさんである。しかも24時間立ちっぱなし。NPCの労働状況は過酷である。


「さてさて。基礎練習は大事だよね」


 あたしは、ふよふよと不規則に動く的が出てくるブースを選択。これは、通常攻撃を一度当てれば消滅する。的の大きさは自由に変えることができ、今回は段々小さくなるよう設定した。


「はあっ!」


 的が現れると同時に、あたしは矢を打ち込んでいく。小刻みなステップで、的から的へ移動し、それらを確実に仕留めていく。素早さのステータスを上げているので、現実ではありえないほど俊敏な動きをしているはずだ。右上のウインドウには、命中記録がカウントされていく。100をこえたところで、的が一気に小さくなり、外す回数も増える。


「ふう……あたしもまだまだだなあ」


 カウントが200になったので、休憩を挟むことにする。隅に置かれたベンチに座り、ペットのクロを呼び出す。


「ふにゃあ!」

「クロ、久しぶり。といっても、三日だけどね」


 長期間ログインしないと、ペットのなつき度は下がってしまうのだが、一週間程度なら大丈夫だ。あたしはクロのお腹をわしゃわしゃと撫でる。


(そうだ、返事、しないとな)


 あたしは現在、二つの案件を抱えている。どちらも返事の内容は決まっているのだが、連絡するのが少し億劫だ。まず、白鳥の旅団へのギルド勧誘の件。断るつもりだが、言い訳を考えていない。そして、今日白崎くんとリカちゃんに誘われた、相沢くんの演劇。これは行くと決めたので……早く白崎くんにメールした方がいいのだろう。


(余計なことは言わずに、ただ行くと言えばいいだけ。うん、それだけのことだ)


 あたしは手紙のアイコンに触れ、白崎くんに「土曜日行きます」とだけメールする。これで一つ、片付いた。あとはギルド勧誘なのだが、とりあえずギルド規約を読まなければならない。アイテムボックスから、加入用紙を取り出す。


「規約といっても、当然のことばっかり書いてる、か」

「ふにゃ~ご」


 挨拶などの礼儀や、違反行為をしないなど、テンプレートをそのまま使っているような文章だ。特に目を惹くものは見当たらない。次に、方針についての項目を読んでみる。


「我がギルドは、年齢・性別に関係なく、幅広いプレイヤーを受け入れます。しかし、プレイヤーとして最低限のマナーと、強さを求めます、だってさ」

「うにゃん」


 あたしはフレンド登録の方法もろくに知らなかったので、そういう意味でのマナーは心得ていない。強さ、という点においては、上級プレイヤーとしての自負がある。だからこそ、エルトはあたしを誘ったのだろう。強ければ、ソロでやっていた者でも受け入れてやる、ということなのか。


「ねえクロ、一体どう言って断ろうか?」

「にゃあ?」

「だよね、ちゃんと自分で考えなくちゃいけないよね……」


 エルトは考えてみてくれ、と言っていた。そんなに返事を急かしている風でもなかった。もう少し経ってからでも別にいいだろう。あたしは立ち上がり、修練を再開する。邪念を振り払い、ただ目の前の的にだけ集中する。


「よし……150連続コンボ達成、と」


 修練時間が終わり、マリエンヌさんに今回の修練結果を告げられる。命中率は、前回よりやや落ちているようだ。やはり、定期的に修練場に通った方がいいのだろう。マリエンヌさんは、人気声優の高らかな声で、あたしを見送ってくれる。彼女のファンは多く、マリエンヌファンクラブなるギルドまであるらしいが、よくは知らない。

 修練場を出てすぐ、白崎くんからメールが来る。土曜日の集合場所と、時間が書かれている。


(槙田くんも来るんだったら……服、どうしよう。あのサンダル、履いて行かなくっちゃな)


 切れ長の瞳の男プレイヤーが、服のことを考えているなんて滑稽すぎる、と慌てて気持ちを切り替える。今のあたしはナオトなんだから。今日は、死霊の塔の15階へ行くことにしていた。20階まであるから、ようやく四分の三まできたことになる。最速攻略サイトの管理人が、つい最近リナリアを撃破したようで、死霊の塔の情報はだいたい手に入れることができた。ザコへの備えは万全である。

 15階から現れるのは、イグニスという火の玉だ。一度攻撃を受けると、倒すまでじわじわと体力を削られる「呪い」のステータス異常を受けてしまう。プリーストがいれば、治癒することが可能だが、ソロでやる以上早めに倒してしまうしかない。


(ふふん、簡単だね)


 こいつが厄介なのは、動きの軌道が読めないという点だ。顔があるモンスターは、基本的に視線の方向に歩いていく設定である。行動パターンが不規則なモンスターも、目を見れば次の行動がわかるのだが、イグニスはまんま火の玉である。ふよふよとフロアを漂い、急に襲いかかってくるのだ。


「よっ!はあっ!」


 苦戦している他のプレイヤーを尻目に、あたしは楽々とそいつらを仕留めていく。修練場に行ったのは、勘を取り戻すのと、このモンスターの対策をするためだったのだ。


(やっぱり最速攻略サイトの管理人は凄いなあ……)


 修練場の的当てが、イグニス対策になるというのは、そのサイトの情報である。まさか、このあたしが自力で考え付くわけはない。そこの管理人もアーチャーなので、何度もお世話になっている。


「ぐっ……!」


 油断していたせいで、背中から攻撃を受けてしまう。慌てて振り返るが、そこには三体のイグニスがいて、どいつが攻撃をしかけてきたのかわからない。ウインドウにドクロのマークがつき、呪い状態になったことを知らせる。これを解除するには、攻撃をしてきた個体を倒さなければならない。


「ちっ……お前か!?」


 手前にいた一体を仕留めるが、ハズレのようだ。続いてすぐ右の一体に狙いを定めるが、呪いのせいで動きが鈍る。体力が削られるだけでなく、素早さも下がってしまうようだ。矢は虚空に舞ってしまう。


(使いたくなかったけど、仕方ない!)


 あたしはルミナスの聖水を取り出し、そのビンを叩き割る。まばゆい光が体を覆い、呪い状態が解除される。これは、道具屋にも教会にも売っていない。課金しないと手に入らないアイテムだ。毒や麻痺は普通の解毒剤で治るのに、呪いだけこういうことをしてくる辺り、LLOはあくどいと思う。


(今月の出費は半端ないというのに……)


 食費や服飾費にアルバイト代を使ってしまったせいで、当分LLOに課金できそうにないのだ。今後は節約しながらプレイしなければいけないのか、と落胆しつつ、あたしはログアウトした。

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