30:改造ツアー

 予定のない祝日の朝。布団の中で、今日の予定をたてる。ボス攻略のための下調べをして、コンビニへ行ってお弁当を買う。午後に三時間ログイン。その後昼寝して、そうだ、両親は何時に仕事が終わるのだろうか。もそもそ寝返りを打ちながらそう考えていると、インターホンが鳴る。家にはあたししかいないから、渋々来客カメラをチェックする。


「……松崎さん?」

「地味子、おっはよ~!」


 そこには、昨日焼肉をごちそうしてくれたラナちゃんがいた。


「どうせ家にいるだろうと思って、迎えにきちゃいました!」

「あの、なんでうちきたんですか!っていうか、なんであたしの家知ってるんですか!」

「ID交換したときに載ってたよ?」


 う、迂闊だった。


「今日は一体どういったご用件で……」

「地味子の改造にきたよ~。昨日言ってたじゃん」

「あれ本気だったんですか!?」


 あたしはラナちゃんの勢いに押されるまま、ドアロックを解除した。スウェット姿のままもどうなんだろうと思ったが、玄関に出て彼女を出迎える。


「では、お邪魔します!」

「え、うち入るんですか!?」


 金色のミュールを脱ぎ捨て、ずっかずっかと侵入するラナちゃん。


「あ、地味子の部屋発見」

「や、やめて下さいよおおおおお!」


 あたしの部屋には、雪奈と書かれたネームタグがかかっているので、一目瞭然なのである。生まれてこの方、家族以外が踏み入れたことのないあたしの自室。もちろん、綺麗に片づけているはずなんてない。


「なるほど、ゲーマーなんだねえ」


 必死の抵抗もむなしく、開け放たれた部屋の中を一瞥し、ラナちゃんがそう言う。ヘッドギアは一番目につく場所にあるし、50を超えるVRゲームのソフトたちが棚に詰め込まれている。普通の女の子の部屋に、何が置かれているのかしらないが、可愛らしいもの(何だろう、ぬいぐるみとか観葉植物とか?)は一切置かれていない。


「コスメの類は一切なし、と。洗面所に置いてあるわけでもなさそうだ」

「何なんですかもう……」


 続いてラナちゃんはクローゼットに手をかける。


「す、す、ストーップ!」


 大声を張り上げるが、それでやめてくれるわけはない。


「あれ?可愛い服いっぱいあるじゃん!」

「か、勘弁して下さいお願いします!」


 そう、あたしは可愛い服を持っているのだ。大学入学前、おばあちゃんに買ってもらった服が。似合わないから、一度も外に着て行ったことのない服が!


「このスカートとかすっごく可愛い!なんではかないの?」

「そりゃあ、似合わないからですよ。普通の女の子なら普通にはけると思うんですけど。だいたい、ほとんどはおばあちゃんが選んだやつだし……」

「ははあ。地味子案外センスいいって思ったんだけど、センスがいいのはおばあちゃんの方なのか」


 ラナちゃんは、大げさに感心する様子を見せる。


「じゃ、出かけるから、さっさと着替えようか。地味子は何も持ってないって思ってたんだけど、これだけあれば、新しく買い足すまでもないね。スカートのボリュームが大きいから、トップスはこれかな……」


 口を挟む暇もなく、ラナちゃんはクローゼットをあさり、服を選びだす。


「はい、これに着替える!」

「えええええ!」


 渡されたのは、黒のプリーツスカートに水色のシャツ。アクセサリーのケースも開けられていたようで、銀色のハートがついたペンダントまである。確か、高校生のときに母が買ってくれたやつだと思うが、はっきりと覚えていない。


「着替えるまではアタシここに居座るよ?」


 ラナちゃんはどっしりとあたしのベッドに腰掛ける。


「わかりましたよお……」


 そうして、泣く泣く着替えてはみたものの、久しぶりにはくスカートは気持ちが悪かった。姿見を見て、さらに酷い悪寒に襲われる。


「やっぱりダメです!松崎さんじゃあるまいし、こんなごんぶと足をさらけ出すのは無理があります!公序良俗に違反しますって!」

「よし、次行くよ!」


 あたしはラナちゃんに玄関まで引きずられる。以前も思ったが、彼女はけっこう力が強いのだ。


「靴は、スニーカーしかないわけ?」

「スーツ用の黒いパンプスなら」

「ああ、もうそれでいいや。はいてはいて」


 ヒールのある靴なんて、入学式以来である。腰が抜けそうになりながらも外へ出ると、赤いエクセル・カーが停まっていた。ラナちゃんはこれを一人で運転してきたらしい。


「あの、この車は……」

「兄貴のやつを勝手に拝借してきた」

「で、どこ行くんですか」

「色々!ラナちぃプロデュースの地味子改造ツアーだよ~」


 どうゴネてもこの勢いを止められないと思ったあたしは、観念して助手席に乗り込んだ。ラナちゃんがしようとしていることは、なんとなく目星がついている。あたしは、変わりたいだなんて思っていない。このまま地味に一生を終えたい。しかし、彼女を満足させるためには、今日は付き合ってみるしかない。


(どうせ無駄なんだってわかったら、ラナちゃんも諦めてくれる。あたしは、どれだけ着飾っても、無駄な人間なんだから)


「まずは美容院ね」

「え……」


 ラナちゃんはそう言ってエンジンをかける。


「あ、あたし、美容院なんて行ったことなくてですね」

「友達に、研修中の美容師がいるんだわ。練習台になってくれたら料金はいらないって言われてるから、心配すんなって」

「そういうことじゃないんですけど……」


 ナオトの髪型はしょっちゅう変えるくせに、現実で髪型を変えたことはほとんどない。外に髪を切りに行くと、会話をしなければならないからだ。今のあたしは、黒髪ロングと言えば聞こえはいいが、ただの伸ばしっぱなしなのである。

 車内に備え付けのスピーカーからは、軽快なリズムの洋楽が流れている。あたしは、その曲調に全くそぐわない表情をして、ただただ流れる景色を眺めていた。

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