29:地味にコツコツ

 ビール半分で酔っ払ったラナちゃんをなだめ、店の外に連れ出す。支払いはあたしがしようとしたが、強く阻まれた。結局いくらになったのかわかっていない。


「ふふ……ふふふ……」

「松崎さん、大丈夫ですか……」


 あたしの顔を見ながらニヤニヤと笑うラナちゃん。ほろ酔いの美女というより、中年の会社員みたいである。


「よし!さっそく明日から地味子の改造を始めるよっ!」


 ピシッとあたしの顔に人差し指を突き立て、宣言する酔っ払い。


「改造って何ですか改造って!」

「つまりカスタマイズ!」

「いやそうじゃなくて!」


 怒ったかと思うと今度ははしゃぎだすし、お酒の力は本当にこわいのだと実感。飲酒後のVRゲームが禁止されている理由がよくわかる。彼女は機嫌をよくしたまま、颯爽と電車に乗り込み、帰って行った。


(一体何だったんだろう……)


 時計を見ると、そう遅い時間ではなかった。帰ってから少しはLLOにログインできそうだ。

 家に着くと、珍しく両親が揃っていた。焼き肉の匂いに気づかれると面倒なので、急いでシャワーを浴びる。顔を洗い、鏡を見て、今日は酷いことばかり言われたなあと思い返す。


(ブスって何回言われたっけな、はあ)


 自他共に認めているとはいえ、はっきり口に出されることの衝撃は大きかった。ブスも一周すれば哀れみに変わり、案外皆口に出さないものだ。そんな顔で生まれてきて可哀そうに、というような視線を、何度も浴びたことがあった。だからこそ、ラナちゃんに素材は悪くないと言われたのは、正直嬉しかった。


(あ、素材といえば)


 新たに買い揃えた防具に、手を加えようと思った。スケルトンキングの時に使った、青龍シリーズである。LLOは思いっきり西洋ファンタジーの世界観なのに、中国の四神の名前がついているということは、今さら気にしてはいけない。というか、装備品の名前が段々適当になっていくのは、LLOに限った話ではない。


(今夜はそんなに時間もないし、ブラックオニキス集めだけして寝ようっと)


 あたしはLLOのことになると、すぐに気分が高揚する。我ながら単純な性格だ。適当に髪を拭いて、両親の居るリビングを通らないように自室へ向かう。ヘッドギアをつければ、不細工な女子大生は、切れ長の瞳を持つイケメン・ナオトに変わる。


「クロ、久しぶり」

「にゃ~ご」


 一日ログインしていなかっただけなのに、ひどく懐かしい感じがする。クロも、アミエンの町も。あたしは真っ直ぐに、フィールドへ続く大通りへ向かう。


「さあ、残り十分となりました!現在も秒単位で入札が行われています!」


 噴水のある広場で、赤い蝶ネクタイをつけた中年男のNPCが声を張り上げている。月に一度のオークションだ。常設のフリーマーケットと違い、譲渡不可のレアアイテムも取引できることが魅力である。なので、毎月目を光らせているプレイヤーは多いとか。だが、あたしはこれを利用したことがない。出品ならしてもいいかなと思うけれど、入札するのはなんとなくこわいのだ。必ず買えるわけでもないし。なので、さっさと通り過ぎようとしたが、いつもより人が多い気がして足を止める。


「現在のアイテムは鳳凰の兜!今回を逃せば二度と手に入らない逸品です!」


 そのアイテム名に聞き覚えがないので、NPCに近づいてオークションのウィンドウを表示させる。出品者は、白鳥の旅団のギルド長・エルト。どうやら、鳳凰の兜というのは先月のギルド対抗戦の賞品だったらしい。あたしが今持っている青龍の髪飾りよりも、基礎防御力が30ほど高い。真紅の羽根があしらわれたそれは、中々かっこいいデザインだ。


(い、いくらの値がついてるんだろう……?)


 NPCが言っていた通り、入札が殺到しており、どんどん値段が跳ね上がっている。それこそ目で追えない位に。あたしはゲーム内通貨の残額を確認する。今の値段なら、充分買えるだけの余裕はある。入札のキーを押そうか迷ってしまったが、こういうものは終了間際にぐっと値上がりするものだと思い直してウィンドウを閉じる。


「おや、入札されないのですか?ナオトさん」


 背後から声がかかる。振り向くと、そこにいたのは、真っ白な髪をツインテールにしたアーチャーの少女だった。胸元には白い羽根。表示されたプレイヤー名は、エルト。


「君が、白鳥の旅団の……」

「はい、そうですよ」


 エルトは首を傾げてにっこりとほほ笑む。女性キャラクターが、ギルド長だというのは少々意外だ。中の人が男性である可能性もあるが。


「ソロプレイで手に入らないアイテムは数多くあります。オークションを利用すれば、こうしてギルド戦限定アイテムも買えますし、いい機会なんですけどね」


 彼女の意図がつかめず、押し黙る。あたしに買ってほしいということなのだろうか。しかし、また、それは何で。


「以前から、ナオトさんとはお話ししてみたいと思っていたんです。アーチャーは、決してソロ向きの職業ではありません。それは、同じアーチャーだからよくわかります」

「あ、ああ……」


 オークションは残り三分となり、入札のスピードは鈍化している。諦めたのか、様子を見ているのか。あたしはエルトへの返答に悩み、突っ立ったままである。


「そろそろ、限界を感じているのではないですか?ソロでやっていくことに」


 限界――。それは、どういう意味なのだろう。金銭的な面でいえば、確かに辛い。LLOのためだけに、アルバイトのシフトを増やしてもらおうと考えるくらいだ。しかし、課金さえすれば、どんなに強いボスも倒すことができた。プレイする上での限界は、正直言ってほとんど感じていない。


「リナリアはソロじゃ倒せませんよ、絶対に」


 あたしの心を見透かすように、エルトはそう言った。新マップのボスは、そんなに強いというのだろうか。


「実は、ギルドメンバーが数人抜けたんですよ。もしよかったら、考えてみてください」


 手渡されたのは、白鳥の旅団への加入用紙だった。ギルド規則や方針なども書かれている。これにサインをすれば、あたしはいつでもギルドメンバーになることができる。


「考えておく」


 あたしがぼそりとそう呟くと、エルトは満足した様子であたしから離れていった。


「終了~!」


 丁度その時、オークションの終わりを告げる鐘が鳴った。最終落札価格は、思っていたよりも低かった。あれなら、買えたかもしれない。エルトはNPCの隣で、落札者に対し挨拶をしている。鳳凰の兜の受け渡しが始まる。


(別に、い、要らなかったし!)


 あたしはダッシュで町を出て、ザコモンスターたちを狩りはじめる。そうだ、地道にコツコツ素材を集めて、手持ちの武器を強化すればいいのだ。あの兜は逃した魚。多分そんなに、大きなものではない。

 そうして、クロが着々とブラックオニキスを集めてくれる中、加入用紙のことを考えてため息をついた。最近、対処することが多すぎる。現実でもゲーム内でも、なるべく目立たないよう一人でいたのに。


(そうだ、ラナちゃんが何か言ってたな)


 ゲームはログインしなければ別にいいが、現実世界のことはそういかない。ラナちゃんは、明日から地味子の改造、なんていう物騒なことを言っていた。でも、あれだけ酔っぱらっていたら忘れているだろう。そうであってほしいと切に願った。

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