06:はじめての会話

 初めに口を開いたのは、ウォリアーの男だった。


「いえ、礼など要りません。悪いのはこちらです。不手際で、あなたを巻き込んだのですから。こちらは、運営に通報されても仕方がない立場です」


 事情が見えない。一体どういうことだろう。ウォリアーはウィザードに目をやる。


「あのぉ……それが、フィールド確認せずに笛、使っちゃって」


 ウィザードはそう言うが、ますます意味がわからない。ウォリアーが、仕方ないとばかりにきちんとした説明をする。

 先ほどのサッドゴーレムは、別のクエストで手に入る、幽玄の笛で出現するボスモンスターだった。笛の音は、むしろゴーレムを眠らせるんじゃないのか、などと思ったが、LLOでは逆らしい。ちなみにレベルは80で、ソロで倒すには少し厳しい相手だった。

 決まった場所で、決まったアイテムを使用することで出現するボスモンスターは、その時一定のエリア内にいた全てのプレイヤーを攻撃対象とする。ウィザードは、あたしがいることを確認しないまま笛を吹いたので、出現場所により近かったあたしが先に攻撃され、一同は慌てたというわけだ。


「つまり、トレインしたのか」


 あたしの言葉に、ウォリアーは暗い顔をする。


「え?どういうこと?」


 プリーストは、意味がわかっていないらしい。小さな声で、ウォリアーが言う。


「モンスターを、他のプレイヤーになすりつけること。殺しちゃったら、MPKっていって立派なマナー違反だよ」

「ま、マジで!?」


 どうやら彼は、事の深刻さに今さら気づいたようだ。重い沈黙が流れる。顔が見える距離まで近づくと、フレンド登録していなくても互いの名前やレベルがわかるのだが、彼らは全員レベル70代後半。あたしは、カンストしているからレベル90。そのことに、当然彼らも気づいているだろう。えらいプレイヤーを敵に回してしまった、と考えているのかもしれない。

 しかし、あたしに彼らを責める気持ちはなかった。心底怖い思いはしたが、結果的にボスは倒せた。彼らに悪気がなかったことはちゃんとわかっている。だいたい、LLOの仕様自体が悪いのだという気もする。

 それをどうにかして伝えたいのだが、うまく言葉がでてこない。


「通報する気はない。今回は事故だ。ボスを倒せたから、それでいい」


 低めのボイスも相まって、とてつもなくそっけない言い方になってしまった。三人組は固まったままだ。……あたしのバカ!


「……許してくれて、ありがとう」


 ウォリアーのラックは、笑顔を綻ばせた。そして、ウィザードのワイスとプリーストのノーブルの頭を掴み、三人一緒に頭を垂れた。ゲーム内では、当然だが全員が美男美女。それをわかってはいても、顔が整った方々に頭を下げられるのはいたたまれない。


「そ、それより、ボスドロップの確認はしたのか?」


 ボス戦の場合、戦闘に参加したプレイヤーの内一人のアイテムバッグに、ランダムでレアアイテムが放り込まれる。通常のパーティー戦なら、誰にレアアイテムが当たったかとわいわい騒ぐところだ。


「あ、おれだ!ゴーレムの涙だよな?」


 当たりをひいたのはノーブルだった。


「そうか。それは詠唱時間短縮の指輪だから、プリーストのお前に丁度いいな」

「ウィザードのワタシも欲しかったんですけどぉ」


 ワイスが文句を垂れる。よしよし、空気が軽くなってきたな。


「でも、これはナオトさんに譲った方がいいのかな……」


 ノーブルがそんなことを言い始めるので、再びあたしに注目が集まる。パーティー内なら、より必要な者に、レアアイテムを渡す取り決めをすることもあるだろう。しかし、あたしは部外者だ。彼の行為は、慰謝料の受け渡しと何ら変わりない。


「いや、要らない。俺はアーチャーだから」

「そ、そっか」


 ノーブルはほっとしたように息をつき、ゴーレムの涙を装備する。名前の通り、透き通った水色の石がはめられた綺麗な指輪だ。さて、ここからどうやって離脱すればいいか、必死に言い訳を考えていると、ラックが話しかけてきた。


「あの、もし迷惑じゃなかったら、アミエンの町で一杯おごりますよ」

「……おう」


 げっ、反射的に頷いてしまった。どうするんだよオイ!ワイスとノーブルは何やらはしゃいでいるし、もう断れる雰囲気じゃない。ラックが転移石を取り出す。


「そうだ、実は……」

「アミエンに転移!」


 そろそろログイン時間が三時間になるんだ、と嘘をつこうとしたが、叶わなかった。実際は、あと一時間半ほど残っている。

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