05:サッドゴーレム

 ハイゴブリン狩りを始めて一時間ほどが経過した。格下のモンスターなので、体力を減らされることは滅多にない。あくまで今回は、ストレス解消とアイテム集めが目的だ。ここのマップも知り尽くしているので、あたしはすっかり油断していた。


「な、何っ……?」


 突然、轟音と共に、巨大なモンスターが地中から顔を出す。ヒビリア草原は大きく揺れ、身動きは一切できない。メニュー画面も開けない。このモンスターの出現アクションが終わるまで、行動を封じられているというわけだ。すなわち、それは、ボスモンスターが出現したことを意味する。


(これは、ゴーレム?ここに、こんなボスなんかいなかったはず……)


 ログインできない時間は、LLOのコミュニティサイトやネット掲示板を巡って、情報収集を欠かさない。だから、自分が知らないボスやイベントはないとタカをくくっていた。出現アクションが終わり、モンスター名が表示される。サッドゴーレム――それがこのボスの名前らしい。こんな奴、聞いたことない。

 10メートルはあろうかという、黒い土の巨人は、ぐおおおおおんと咆哮をあげる。続いて大地を踏み鳴らし、ゆっくりとこちらに向かってくる。準備も情報もない今、ソロプレイヤーのあたしがこいつを倒すことは難しい。


「くっ……!」


 あたしはヒビリア草原の出口を目指し、駆けだす。ボス出現中は転移石の使用ができないが、マップを切り替えてしまえば大丈夫だ。しかし、あたしは草原の奥地まできていた。背後からの投石を避けられず、ダメージを負う。VRゲームで感じる痛みは、静電気ほどのものだが、視覚と聴覚で感じる恐怖は、現実ではまずありえないレベルのものだろう。

 ついに追いつかれたあたしは、サッドゴーレムと対峙した。クロを下がらせ、弓を構える。


「インパクト・ショット!」


 硬直効果のある矢を放ったが、サッドゴーレムに効果はないようだ。ダメージもあまり負っていない様子。こいつ、一体レベルはいくつなんだ。後ずさりながら、二発、三発と攻撃を加える。現実のあたしなら、ブルブル震えて狙いなんかつけられないだろう。内心、こわい。ものすごくこわい。これで、実際に死ぬことはないとわかっている。それでも、圧倒的な力を前にして、逃げることもできないというのは――あたしは、自分の軽率さに後悔した。


「フレア・トルネード!」


 サッドゴーレムを、真っ赤な炎が包む。


「ヒール!」


 次いで、あたしに回復魔法がかけられる。


「他のプレイヤー……?」


 慌てて周囲を見渡すと、一組の男女が、丘の上からこちらを見ていた。装備を見るに、男の方が回復魔法専門のプリースト、女の方が攻撃魔法専門のウィザードだろう。


「お~い、とりあえず離れろ~」


 プリーストの男は、少し間延びした声で呼びかける。あたしは黙って頷き、サッドゴーレムと距離を取る。


「はあああああっ!」


 そして、サッドゴーレムの背後から、大剣を持った男が駆けてくる。あれはもちろん、ウォリアーだ。彼はサッドゴーレムの足に何度も衝撃を加え、膝をつかせる。丘からは容赦なく、火属性の魔法が放たれている。


「えっと、そこのアーチャー、大丈夫だよな?」


 プリーストの男がこちらへ走ってきて、そう言う。


「ああ、助かった。礼を言う。それよりあれは、火属性に弱いのか?」

「そうだ。悲しみの巨人、サッドゴーレムは、元は無実の罪で火刑に処せられた人間だという設定があってな……」


 彼の長話は一切無視して、サッドゴーレムの頭部を狙う。


「フレイム・バード!」


 三方向からの攻撃に、サッドゴーレムはひるんでいるようだ。ウィザードは魔力が切れたようで、回復アイテムを取り出す。MP全回復のゴールドエーテルだ。ああいう貴重品を用意してきたということは、はじめから彼らはボス狙いだったのだろう。あたしにアイテムの余裕はないが、惜しむことなくスキルを使う。


「よっしゃ、即席パーティーってことだな!三人よりも四人だ!うんうん」


 背後でプリーストが調子のいいことを言っている。しかしながら、きっちり各人に回復を施してくれているので、文句は言えない。とどめを刺したのは、ウォリアーだった。


「ディープ・スラッシュ!」


 彼のスキルが発動し終わった瞬間、ボスを討伐したことを示すファンファーレが鳴った。ふりふりのミニスカートを穿いたウィザードが、ぴょこぴょこ跳ねて喜んでいる。


(よ、よかったぁ……)


 あたしはその場にへたりこみそうになる。安心・安全のプレイをモットーとしているので、ゲームオーバーの危機は実は初めてだったのだ。しかし、男性キャラクターを使っている以上、あまり女々しい動作はできない。ウォリアーとウィザードが近寄ってきたので、クールを装いひとまず礼を言う。


「ありがとう。おかげで助かったよ」


 ちなみに声は、低めのイケメンボイスである。さて、この後は、どうしたらいいんだろう。LLOをプレイしてしばらく経つが、NPC以外と会話をしたことは、一度もなかったのだった。

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