23.掃討
捕らえたビートル兵からの情報で、敵の総数も把握できた。
これまでに倒した数を考えると、もうそんなには残ってないはずだ。
俺たちはビートル兵の入り込みにくい隘路にジュリオを置き、かき集めてきたプレデスシェネク兵に護衛を任せる。
ジュリオに持たせていた俺たちの荷物は、莉奈が魔改造したビートル甲殻をドローン代わりにして運搬する。
つまり、ようやく俺たち四人だけになることができた。
アリスが声を上げる。
「――もういいだろう。出てこい、メメン」
「なはは。やっぱり気づいてたかァ」
俺たちの背後から脳天気な声が聞こえた。
振り返る。
そこにいたのは、もちろん、プレデスシェネク担当の天使メメンサーラである。
「それで? これはどういう事態なのだ?」
「こ、今回はあたしのせいじゃないよ?」
「誰のせいとかはどうでもいい。ことの経緯を説明しろ」
「ま、いいけどね」
メメンは、片翼の羽をパタパタやりながら、俺たちの前に回り込む。
「といっても、アリスたちは事の真相をだいたい把握してるよ。地上に帝国がありました。その帝国に、攻め入る国がありました。帝国は押されまくり、ついに帝都を除く全領土を喪失、帝都も包囲されちゃってます。その過程で元帝国兵たちが離散して、野盗になったり、レジスタンスを組織したり、あるいは伝説の天上国を目指しちゃったりしています」
「それならよかった」
「いいの?」
「われわれには関係ないということがよくわかった。他国の……それも異世界の国家同士の戦争にくちばしを突っ込む趣味もなければ必要もない。ビートル兵を掃討したら、約束の報酬を受け取って帰るだけだ」
「その後、プレデスシェネクが陥落しちゃったりしてもいいの? 交易権、ほしがってたでしょ?」
「たしかに世界間交易は魅力的だが、リスクに見合うかというと微妙だな。メメンは、われわれに事後処理まで手伝えと?」
「いやぁ、さすがにそこまでは言えないかな。今回はあたしの失態じゃないし」
「では誰の失態なのだ?」
「あたしのお姉さまだねー。地上を守護する天使シュブリディーン・ボス・ナナンシーラ。通称名無しさん」
「通称は嘘だろう」
「いや、ホントにナナシ姉さんって呼んでるし」
メメンのセリフに取り合わず、アリスが言う。
「おまえたち天使は失態続きだな」
「実際、難しい情勢なのさー。あれやこれやで。あまり詳しくは言えないけど、この世界は半分滅びかけてるような感じ? っていうか」
「滅びかけているだと?」
「もともと、魔法なんてものが成り立つ世界は不安定なのさ。でも、あんまり安定しすぎてても困るんだ。究極的に安定した世界ってのは、死の世界と同義だからねー。世界内存在が生きたり死んだりするのと同じように、世界そのものも生きたり死んだりするのです」
なんかすごい話を聞かされてるような気がする。
莉奈が小さく手を上げて言う。
「世界が生きたり死んだりなら、世界が滅ぼうとかまわないということなのでは?」
「それはちょっち違うんだなー。普通に生きて死ぬんなら、それは世の定めってことでいいのさ。でも、滅んじゃうのは困る。滅んだ世界は、容易には生まれ変われなくなっちゃうからね」
「……そんな話をわれわれに聞かせてどうするつもりだ、メメン」
アリスが疑わしそうに言った。
「あはは。アリスちんが正義感にかられて助けてくれないかなーとかは思ってないから。下界がかなり修羅の国になっちゃってる感じなんだけど、勇者様が降りてっていろいろ汚物を消毒したりしてくれたらはかどるのになーとかは思ってないから。助けてくれないならプレデスシェネクの王をそそのかして何度でも君たちを召喚してやろうとかは思ってないし?」
うわ。露骨に脅しに来やがった。
ひょっとしたら前回アリスにやりこめられたのを根に持っているのかもしれない。
しかし実際問題として、何か問題が起こるたびにこの世界に召喚されてはたまらない。
召喚には大量のマナ重合体が必要なはずだが、プレデスシェネクはダンジョンの真上という立地を利用して重合体を量産できるらしいからな。
アリスが言う。
「それでわれわれに――」
「何の得がある? だよね? 天使であるあたしが、あっちとこっちの行き来に便宜を図る……っていうのはどうかな? 行き来が自由にできたら、この世界と交易するも、あっちの進んだ兵器を持ち込んで侵略するのも自由自在っしょ」
「ゲートを開いて自衛隊を送り込むんですね、わかります」
莉奈がいらんことを言ってうなずいた。
「ま、さすがに、軍をまるまる通すとかは無理だけどねー。君たちプラス何人かと、コンテナ一つ分くらいの物資ならなんとか」
「車両がギリギリ持ち込める程度ということか。なぜそこまでする? この世界の勢力バランスが変わってしまうのではないか?」
「変えるんなら変えるでウェルカムなんですよ。すくなくともこの世界の政権より、アリスの方がずっといい統治をしてくれそうだし」
「われわれは学生だ。そうしょっちゅう異世界に来て世直しなどやってられん」
「じゃ、土日だけ、放課後だけでもいいから! 先っちょだけ、先っちょだけだから!」
「それ絶対破られる奴ですよね」
莉奈が冷たい目でツッコミを入れる。
アリスが、ため息をついて言った。
「論外だ、メメン。命の危険があるような世界でヒーローを気取るつもりはない。前も言ったが、それはわたしの解決すべき問題ではないのだ」
「うぅ~、そこをなんとか!」
「ならない」
「ち、千草は?」
「お嬢様に従います」
「り、莉奈は、異世界転移無双チートに興味あるよね? ね?」
「莉奈はインドア系ですし。ゲームの方が楽しいです。リアル酷幻想なんて誰得ですか」
「す、鈴彦ぉっ!」
「俺は平凡が好きなんで」
俺たちの拒絶に、メメンががくりとうなだれる。
「……はぁぁっ。ま、しょうがないかぁ」
「そこまで期待していたわけではないのだろう?」
「まぁね。ていうか、英雄願望持ちの危ない人なんて、勇者召喚されそうになった時点で弾いてるし。君たちがマトモだってことはあたしが保証してるようなもんなのさ」
メメンは、パンパンと自分の頬を叩いた。
「魔甲兵の掃除をしてくれるだけでもありがたいからねー」
「ビートル兵はこれで全部なのか? というのは、増援が来るおそれはないのかということだが」
「それはナイナイ。帝国の魔甲兵は強力な分、数は少ないよ。魔獣の甲殻を無傷に近い状態で手に入れること自体が大変なんだから。中でも、羽根っていう繊細な部品のある飛甲兵はレア中のレア。今回飛んできたので出尽くしてるよ」
魔甲兵に飛甲兵。そういう名前だったのか。
「他に、帝国や共和国とやらに航空戦力はないのか?」
「この世界の文明水準は知ってるでしょ? 航空機なんてないよん。空飛ぶ魔法も現在は提供を中止してるから使えないし。空飛ぶモンスターがいるくらい?」
「空飛ぶモンスターをテイムしているような人はいないんですか?」
と、莉奈がゲーム的発想で質問する。
「この世界のモンスターは、絶対に人に懐かないよ。かいしんのいちげきが入っても、その後起き上がったりしないから」
「かいしんのいちげきで仲間になる確率が上がるっていうのはデマですけどね」
「群れからはぐれたモンスターが来るとかはあるかもだけど、そこはプレデスシェネクの人たちもわかってるから。ピラミッドの出入り口を封鎖していなくなるのを待つとかで対処してるよん」
なるほど。単純だが効果的だ。
「じゃあ、ビートル兵を除けば、プレデスシェネクは安全ということか」
と、アリスが確認する。
「それがにゃー。ダンジョンの方がちょっと危ういかもなんだよなー」
ちら、ちらとアリスを見ながらメメンが言う。
「ほら、飛甲兵は帝国の敗残兵なわけじゃない? 当然、追っ手がかかってるわけよ。今、プレデスシェネクの真下にあるダンジョン――至天の塔の根本に、共和国の一部部隊が集結してるね」
「ダンジョンは、プレデスシェネクの開祖が突破して以来、誰も通れていないんだろう?」
「それも、今回ばかりはどうなのか……ひょっとしたらひょっとするかもしれない戦力なのさ」
「それをどうにかすることを求められても困るな」
アリスが冷たく答える。
結局、しつこく食い下がるメメンを引き連れて、俺たちはピラミッド内を歩いて回った。
莉奈が神算鬼謀でビートル兵を見つけ、フェザー経由で羽根を無効化する。
数が多ければ他のメンバーで対処する。
俺たちは危なげなくビートル兵を掃討した。
「どうしても帰ってしまわれるのですか? 今しばらく、とどまってはいただけませんか?」
ビートル兵がよほど怖かったのか、やたら腰低くお願いしてくるジュリオに、アリスはきっぱりとこう言った。
「期末テストがあるのでな」
こうして俺たちは、二度目の召喚を半日で乗り切って、元の世界への生還を果たしたのだった。
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