13.狂王
「ふははは! 余は常々不満だったのだ! なぜ奪ってはならぬのかと! なぜ配下を殺してはならぬのかと! わかっている! 理性ではわかる! アレクタスの言うとおりだ! それをやっては人が背く! 人が逃げる! だが、それがどうしたというのか!」
ファラオが束の間目をつむる。
そして、
「さあ、覚えたぞ! 煉獄の灼熱よ、焼き尽くせ――fermerion!」
火炎が弾けた。
ファラオの放った火炎の上級攻撃魔法が兵を数人まとめて呑み込んだ。
「逃げるなっ! 貴様らは王の民であろう! 我が糧となることを誇りに思って死ね! dganzera!」
石つぶて――いや、瓦礫の奔流が、謁見の間の入り口を襲う。
謁見の間から逃げ出そうとしていた兵を巻き添えにして、入り口の門扉が瓦礫に埋まる。
この威力――石つぶての上級攻撃魔法か!
『鈴彦、アリス! 合流してください!』
焦りを含んだ莉奈の声。
俺とアリスはその場を飛び退き、千草を抱える莉奈に合流する。
その間に、ファラオは狂ったように上級攻撃魔法を放ち、兵たちを殺していく。
「☆97……いえ、☆100……!」
莉奈の額に冷や汗が浮いている。
兵は逃げ惑い、謁見の間の隅に固まっている。
ファラオは、自らに集まる恐れの視線を意にも介さず、左手を握ったり開いたりしながらつぶやいた。
「ふむ……こんなものか」
「なんということを……」
アリスが言う。
「民はすべて余のものだ。その命をどう扱おうと余の自由」
「違う! 命は本人のものだ! 他人の都合でそれを奪われるいわれはない!」
「何を甘いことを……そうか。貴様らがさきほどから人を殺さぬのはそのせいか。てっきり、余のギフトに当たりをつけているから、余の力を増やさぬためにあえて殺さぬのだと思っておったが……とんだ買いかぶりだったようだな」
たしかに、こちらが兵を殺していたら、その分だけファラオは強くなっていた。
結果的に、俺たちが不殺を貫いたことがファラオを追い詰めていたのかもしれない。
「……莉奈。もう大丈夫です」
「えっ、でもまだ……」
「大丈夫。この程度ならば動けます」
莉奈に抱えられていた千草が身体を起こす。
回復が済んだようだが、千草の顔色はまだ悪い。
千草が言う。
「みなさん。恐れては王の思う壺です。王はジュエルボム、苛斂誅求と、相次いで切り札を切ってきました。それだけあちらも苦しいのです」
千草の言葉にはっとする。
その通りだ。ファラオの狂気に呑まれてる場合じゃない。ここさえ乗り切れば、ファラオを倒すことができるのだ。
しかし――どうやって!?
「まずはわたしがひと当てしてみます」
言うなり、千草が駆け出す。
千草を覆うオーロラ色のオーラはやや薄くなっている。
時間が経過したことで、一騎当千の効果が薄らいでいるのだ。
しかし、それでも十分に速い。
デスサイズが宙を走る。
「こうか? fadarion!」
ファラオが対物理障壁を張った。
魔法大臣が使っていた魔法を、ファラオも習得したのか。
デスサイズと障壁がぶつかる。
デスサイズは障壁とがっちり噛み合い、それ以上は進めない。
「fermes!」
アリスが火炎を放つ。
うまい! デスサイズを対物理障壁で防いでいる今、ファラオは魔法には無防備だ。
が、
「シッ!」
ファラオがジュエルボムを放つ。
アリスの火炎魔法は、ジュエルボムと衝突して相殺された。
間近で起きた爆発に、千草の矛先が一瞬緩む。
その隙に、
「煉獄の灼熱よ、焼き尽くせ――fermerion!」
ファラオが唱える。
「fermes!」
「ddr:ser!」
アリスと莉奈が唱和する。
炎が爆ぜる。
ファラオの放った上級攻撃魔法は、アリスの中級攻撃魔法と莉奈の重ねがけ初級防御魔法で相殺された。
さらに、ファラオが魔法を使ったことで、対物理障壁が消えている。
障害物がなくなった千草がファラオにデスサイズで斬りつける。
ファラオが飛びすさる。
「余は、飛び道具の方が得意でな!」
飛来する複数のジュエルボムを、千草がデスサイズで器用に弾く。
千草の周囲でマナ重合体が弾け、魔法と化す。
千草は両腕で顔を覆ってそれに耐え、さらにファラオに斬りつける。
だが――
「くそっ。このままでは千草が先に消耗する!」
アリスの言う通りだ。
千草はただでさえさっきの負傷が残っているのに、あんな捨て身の戦い方では長くはもたない。
しかし攻防が激しすぎて、俺もアリスも手が出せない。
「莉奈が隙を作りますから、一気にしかけてください。短期決戦のつもりでお願いします」
そう言われたら、議論してる暇なんてない。
俺は莉奈を信じる。
アリスを、千草を信じる。
彼女たちも、俺のことを信じてくれている。
「アリス! 一度だけ、俺に合わせてください!」
「わかった! ためらわずにやれ!」
アリスの断固たる答えに笑みが浮かぶ。
何をするか、ひとことも説明していないのに。
アリスは俺のやることを理解してくれているのだ。
「いきます! gron!」
莉奈の声。
千草を追い詰めるファラオの足元に煙が生まれた。
「ちぃっ!」
ファラオが飛びのこうとするが、少しだけ遅かった。
白い煙はファラオの下半身に巻き付き、急速にゲル化した。
ファラオが身を捩るが動けない。
「小癪な!」
身動きを封じられたファラオに、千草のデスサイズが迫る。
「fadarion!」
対物理障壁が千草のデスサイズを受け止める。
千草の背後、左側から、アリスが魔法を放つ気配を見せる。
ファラオが迷う。
対物理障壁から対魔法障壁に切り替えるか否か。
しかし目の前にいる千草を無視することもできない。
ファラオはアリスに向かってジュエルボムを構えた。
その反対側からしかけたのは――俺だ。
「うおおおおおっ!」
パイルバンカーを対物理障壁に突きつける。
ファラオが目を剥く。
次の瞬間、
「batikta!」
アリスの放った雷撃が、
ドッ!
反動とともに鉄杭が突き出す。
対物理障壁が破れる。
千草のデスサイズが振り抜かれる。
ファラオが上半身をそらす。
デスサイズがファラオの上半身を袈裟斬りにする。
浅い。
ファラオは手にしたジュエルボムを千草に放つ。
千草は飛びのき、デスサイズで重合体を弾く。
重合体が魔法を吐き出す。
ファラオが俺を向く。
その指にはジュエルボムの次弾がある。
その指を、
「ぐおっ!?」
莉奈のフェザーが斬り裂いた。
傷は浅いが、ジュエルボムは明後日の方向に飛んでいく。
俺はパイルバンカーをファラオの胸に突きつける。
「終わりだ」
俺のつぶやきと、
「batikta!」
アリスが雷撃魔法を放つのは同時だった。
ファラオの胸に、大穴が空いた。
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