12.隠された力

「千草!」


 アリスが叫ぶ。


 吹き飛ばされた千草は、空中で器用に身をひねり、かろうじて足から着地する。

 勢いはすぐにはなくならず、二歩、三歩と大きく跳ぶ。

 それでも勢いを殺しきれない千草を、あわてて飛び出した俺が受け止める。

 腕の中で、千草が苦しげな表情をしていた。


「千草!」

「くっ……」


 千草の身体を見下ろす。

 制服の上着が焼けている。

 その下にのぞく白い肌には、火傷の痕といくつもの弾痕。いや、これは石つぶての跡か!?


「い、一体何が!?」


 莉奈がうろたえた顔で駆け寄ってくる。


 同じくうろたえたアリスが言う。


「ま、魔法か!? しかしあの一瞬でどうやって……!」


 俺たちは弾かれたようにファラオを見る。


 ファラオは、こちらに向かって右手の人差し指と中指を開いて構えていた。

 その指の間に、黒いゴムのようなものが見える。

 そのゴムを、左手の人差し指で引いている。

 その指先には、いくつかの宝石が押さえられていた。

 宝石は、ファラオの衣装にぶら下がっていたものだ。


「驚いたか? しかし驚いたのは余もだ。よもや、城壁のアレクタスの防御魔法を破る者がいようとはな」


 城壁のアレクタスというのは魔法大臣のことか。


「手品の種は、その宝石か」


 アリスが言った。

 その顔には先ほどの動揺はもはやない。

 冷淡なようにも見える。

 が、敵に弱みを見せないこの切り替えの早さこそ、アリスが政治の天才たるゆえんである。

 内心では、千草が負傷したことに動揺していないはずがない。

 しかし、だからこそ、この場で必要な態度を取る。

 極端なまでに切り替えが早かったことは、逆に、アリスがそれだけ動揺している証だとも言えた。


 ファラオが、奇妙なポーズのままで答える。


「ジュエルボム、と呼んでいる。余のリング・・・だ」

「リング……だと?」

「正確には、この擲弾縄てきだんなわが余のリングだということになるがな。このリングで、魔法を封じたマナ重合体を射出する。強い衝撃を受けた重合体は即座に破裂、封じられた魔法を解放する、という仕組みだ」

「……いいのか、そんなことを説明して」

「これから死にゆく者に知られたところで問題はない」

「殺さず捕らえるのではなかったのか?」

「そうしたいのはやまやまではあったがな。アレクタスを退けるような戦力なぞ、抱えているだけで危険だ。残念だが、おまえたちは殺す。いや、殺さねばならない。強すぎる力を持つことは、身を滅ぼす因となる」

「おまえがそんな殊勝なことを言うとは意外だな。なぜ、ジュエルボムを隠していた? さっき投げ出した鉄の棍棒は目くらましということか」

「王者にふさわしい戦い方とは言えんのでな。滅多に使うことはないのだが、貴様らが相手ではそうはいかないようだ。まったく、飼い殺しにできる程度の相手を召喚しろと言ったはずだが」

「は……汗顔の至りでございます」


 千草に殴られた腹を押さえつつ、魔法大臣が立ち上がる。


(やれなかったか)


 千草の攻撃を、魔法大臣はぎりぎりで防いだのかもしれない。

 千草が殺す気で攻撃していれば別だったかもしれないが、俺たちは無用の殺生をしたくない。

 アリスが兵には突風魔法しか使ってないのも同じ理由だ。


 魔法大臣に、闇の中から現れた美女が手をかざす。

 回復魔法らしい。

 魔法大臣の顔色がよくなった。


(って、そうだ!)


 俺は莉奈に振り向く。


『既にやっています。でも、莉奈の使える初級回復魔法では、回復するまでに時間がかかります』

『助かるのだな!?』


 アリスが、王に顔を向けたまま、フェザー越しに莉奈に聞く。


『5分、稼いでください』

「5分……きついな」


 前衛である千草が抜けただけでも痛い。

 さっきまでは待機していたが、莉奈が回復に手を取られれば、いざという時の支援にも期待できなくなる。

 俺とアリスで回すしかない。


『莉奈の戦略演算でもギリギリです。くれぐれも気をつけてください』


 ということは、一応はやれるということか。


 覚悟を固める俺。

 腕の中の千草が身動ぎする。


「鈴彦。これを」

「これは……」


 千草が俺に押しつけてきたものを見て、俺は目を見張る。

 なるほど。使い方によっては有効かもしれない。


 ファラオが言う。


「さて、覚悟は済んだか? 案ずるな、ともに冥府に送ってやろう」


 言葉とともに、ファラオがマナ重合体を押さえた指を離す。

 リングがしなり、マナ重合体が射出される。


「batikta!」


 アリスが雷撃を放つ。

 重合体が空中で破裂し、突風と火炎の魔法を解放する。


 その炎風を突っ切って。

 俺はファラオに向かって突撃する。


「うおおおおおっ!」

「fadarion!」


 がぎん! と音を立て、俺のパイルバンカーが対物理障壁に激突する。


「さきほどの娘ほどの威力はないようだな!」


 魔法大臣が勝ち誇ったように言う。

 さらに、


「迸れ稲妻――batik!」


 ファラオが俺に向かって雷撃を放つ。


「ぐっ!」


 俺はその雷撃をとっさにパイルバンカーで受け止めてしまう。

 がこん、と激しい音。

 感電はしなかった。


(……ん?)


 疑問に思ったが、俺はすばやくその場を飛び退く。

 迷ったら下がれ。千草に教えられた、戦いの基本を忠実に守る。


『大丈夫ですか!?』


 莉奈がフェザー越しに聞いてくる。


「だ、大丈夫だ」

『そうですか。そのパイルバンカーは腕に固定する部分がラバーでできてます。それが絶縁体として役に立ったのでしょうね』

「そういうことか」


 俺は王を睨みながら、ちらりと右手のパイルバンカーを見下ろす。


「……あれ?」


 なぜか、これまで動かなかった杭が突き出ていた。

 横にあるレバーを引いて杭を戻す。

 こんな時だが、いかにもなゴツい機械仕掛けと、重い手応えに感動する。


『千草が欠けると、あの防御魔法は厄介ですね』


 莉奈の言葉に、アリスが言う。


『わたしの一網打尽は、敵が減ったことで上級魔法が使えなくなった。上級同士なら防御魔法と攻撃魔法で相殺できたが、これからは向こうは張りっぱなしにできる』

「それで俺の攻撃が来た時だけ対物理障壁に切り替えればいい、か」

『ファラ王の魔法が飛んでくる中で、兵をかいくぐって攻撃できれば、ですが……』


 俺たちが打ち合わせる間に、ファラオが動く。


「炎よはしれ――fermes!」

『ddr:ser!』

『そこだ! gannts!』

「ゼ、zerifar!」


 ファラオが火炎の中級攻撃魔法を放ち。

 莉奈が初級防御魔法の重ねがけでそれを相殺し。

 その隙にアリスが石つぶての中級攻撃魔法を放ち。

 魔法大臣が対魔法障壁でそれを防ぐ。


 一瞬の攻防。

 魔法の足し算引き算をひとつでも間違えれば一気に戦線が瓦解する。


 こちらはもう上級攻撃魔法が使えないのに対し、魔法大臣は上級防御魔法を使うことができる。

 この足し算引き算は向こうが圧倒的に有利なのだ。


「どうした!? 上級魔法はもう使えんのか!?」

『ちっ……もう気づかれたか』


 アリスが舌打ちする。


『ファラ王を名乗ってるのはダテではないということですね』

「……いや、あいつはそんな名乗りはしてねぇから。それより、今支援魔法を使ったよな?」

『あれくらいなら、なんとか。毎回期待されても困りますが。鈴彦にはこれをあげます。addi:batik』


 フェザー経由で莉奈がエンチャントをかけてくれる。

 俺が左手に握った木刀に雷が宿る。


『パイルバンカーにもかけますか?』

「いや、それはいいよ。ひとつ、試したいことがある。一度、俺がファラオに近づける機会を作ってくれ」


 俺のセリフに、アリスが答える。


『それはわたしがやろう。莉奈は回復に専念しろ』

『了解です』

「わかりました」


 さいわいなことに、他の兵たちは王と俺たちの魔法の撃ち合いに臆して動けていない。

 というより、臆したフリをしてサボっているように見えた。

 さすがファラオ、人望がない。


『鈴彦。わたしが次のshibakutaを使ったら飛び出せ。fermes!』


 アリスは俺の返事を待たずに火炎を放つ。

 魔法大臣が張ったままの対魔法障壁が炎を防ぐ。


「効かぬわ!」


 魔法大臣が叫ぶ。

 小物臭い。


 アリスはその間に動いている。

 fermesの炎を目隠しにしてリングを起動。


「はぁっ!」

「ぐわっ!?」


 アリスのトライビュートの一条が、魔法大臣の肩を打った。


「ファ、fadarion……!」


 魔法大臣が対物理障壁に切り替える。


「かかったな! shibakuta!」

「なっ……ゼ、zer――うおおっ!?」


 アリスの生んだ突風が魔法大臣を吹き飛ばす。


(リングの攻撃で対物理障壁に切り替えさせて、その隙を魔法で突く、か)


 さっき千草とアリスが二人がかりでやったことを、今度はアリス一人でやったのだ。


「ちぃっ!」


 ファラオが舌打ちし、風下へと回り込む。

 ファラオはそこで踏ん張り、魔法大臣を受け止めた。

 大きな隙だ。

 もちろん、俺はアリスのshibakutaに合わせて駆け出している。


 ファラオと魔法大臣の前には、魔法大臣が生み出したままの対物理障壁。

 俺は障壁にパイルバンカーを突きつける。

 そして、


「これでどうだ!」


 俺は、千草から・・・・受け取っていた・・・・・・・マナ重合体をパイルバンカーのシリンダーに突っ込み、レバーを引いてマナ重合体を叩き潰す。

 シリンダー内で雷撃が弾けた。

 同時に、パイルバンカーの鉄杭が射出される。

 対物理障壁が一瞬にして砕け散る。


「なんだと!」


 驚く魔法大臣に駆け寄る。

 正確には、魔法大臣を受け止めたままのファラオに、だ。

 木刀でファラオの顔めがけて突きを放……とうとした。

 ファラオは抱えていた魔法大臣を俺に向かって突き飛ばす。


「ぐっ!?」


 反射的に受け止めてしまう。

 ファラオはその間に、衣装にぶら下がった宝石――マナ重合体を引きちぎり、指の間に構えている。

 俺は魔法大臣を思い切り突き飛ばし、かろうじてファラオのジュエルボムをかわした。


『下がれ!』


 アリスの命令に身体が従う。


『fermes!』

「fermes!」


 アリスの火炎を、ファラオが同じ魔法で相殺する。


「くそっ! あと少しだったのに!」


 俺はアリスの前で下がりながら悔しがる。

 フェザーから莉奈の声が聞こえてくる。


『なるほど。そのパイルバンカーは、電磁式だったんですね』

「そういうことだ」


 さっき、ファラオの雷撃魔法をパイルバンカーで受け止めてしまった時、パイルバンカーが誤作動していた。

 その上、パイルバンカーの留め具がラバーで作られていたおかげで、俺は感電せずに済んだ。


 そこで気づいた。

 このパイルバンカーは、もともと電気を流すようにできているのではないかと。

 電気を流すには魔法が必要だが、ファラオのジュエルボムだって、リングとマナ重合体の組み合わせだ。魔法と組み合わせることを前提にしたリングがあってもおかしくはない。


 俺はジュエルボムでやられた千草からマナ重合体を受け取っていた。

 千草は、ファラオのジュエルボムを被弾しながら、同時にそのうちのひとつをくすねていたのだ。とても人間とは思えない反射速度だが、千草は射られた矢を掴みとるようなこともやっている。

 千草がやられたジュエルボムは、火炎と突風、石つぶてのように見えたから、未発動のマナ重合体が雷撃である可能性は高かった。ファラオは、複数の種類の重合体をまとめて射出することでジュエルボムの威力を高めようとしているようだからな。


 そんなわけで、俺は千草から受け取ったマナ重合体でパイルバンカーを起動することができたのだが……

 結局、倒しきれなかったのでは意味がない。


 ファラオが言う。


「まったく、貴様らには驚かされる。いったいどれだけの手札を隠しているのだ。いつまでも時間をかけるのは危険だな」


 ファラオが、魔法大臣に歩み寄る。

 魔法大臣は、俺に突き飛ばされた挙句、至近でアリスとファラオの魔法の相殺を受けていた。

 魔法大臣は火傷を負い、衝撃で立ちくらみを起こしているようだった。


「お、王……」

「大失態だなぁ、アレクタス。その責任を、命をもって贖うといい」

「な、何を……ぐあっ!」


 ファラオは、そのたくましい腕で魔法大臣の頭をローブのフードごと握りしめる。


「猛き力よ、dasser」

「ぐわああああっ! お、おやめ、おやめくださ……ああああっ!」


 瞬発力強化。

 ファラオの前腕の筋肉が盛り上がる。

 ファラオの指が魔法大臣の頭に食い込んでいく。


「死ね。死んで余の力となれ。光栄だろう?」

「ぐああああああっ!」

「な……っ」


 あまりの光景に、俺たちは攻撃することを忘れてしまった。


「炎よはしれ――fermes」


 ファラオが無慈悲に火炎を放つ。

 自らの手の中に。

 自らの忠臣の頭蓋に。

 魔法大臣の身体が燃える。

 魔法大臣は火柱となってもだえ、やがて息絶えて地面に倒れる。


「ふっ……くくっ」


 ファラオが笑う。


「な、なんで……」


 なぜだ。

 なぜ、自分の忠臣であり、守りの要である魔法大臣を殺す必要がある?


『……っ! これは……!』


 フェザーから莉奈の声。


『ファラ王の星が増えています! ☆39、40……まだ上がるんですか!?』

『なっ……どういうことだ!』


 アリスの声は、フェザーからも直接にも聞こえた。

 ファラオが唇を吊り上げる。


「ほう、気づいたか。厄介なギフトを持っているようだな。だが、それも余のギフトほどではあるまい」

「っ! それがおまえのギフトか!」


 そうだ……ファラオは何らかのギフトを持っていると莉奈が言っていた。


「余のギフトは、『苛斂誅求』。戦場で死んだ配下の星を我がものとすることができる」

「苛斂誅求……そうか! おまえの星が周囲と比べて桁違いに多いのも……」

「さよう。このギフトを使って配下の星を吸収したからだ」


 アリスの問いに、ファラオが答える。


「しかし、これだけでは貴様らを倒すには足るまい。どれ、もう少し稼いでおくとしよう。炎よはしれ――fermes!」

「ぎゃあああっ!」


 ファラオの放った火炎が人間を呑み込む。

 人間――ファラオの配下である兵のひとりを。


 恐慌が、起こった。

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