5.プレデスシェネク

「あまり時間はないが、聞けることは聞いておこう」


 と、会長が言う。


「風祭。他の追っ手が近づいてきたら教えてくれ」

「わかりました」


 風祭がうなずくのを確認して、会長が縛り上げたままの隊長に向き直る。


「いくつか基本的なことを聞かせてもらいたい」

「ああ。俺たちに否やはねえよ。もっとも、俺でわかることに限られちまう」

「それで構わない。まず、この建物について、知ってることを教えてくれ」

「そりゃまた漠然とした質問だな」

「われわれは何も知らないのでな。何から聞くべきかの見当もつけづらい」

「そりゃそうか。けったいな場所だからなぁ」


 隊長が複雑そうに言う。


「ほう。この世界の常識でも、この場所は異常なのか?」

「異常だよ。だが、まずは一般的なことから説明しよう」

「続けてくれ」

「最初はこのピラミッドについてだな。ひとつの建物であると同時にひとつの都市でもあり、ひとつの国家でもある。プレデスシェネクというのがその名前だ」

「プレデスシェネク……」


 隊長がうなずく。


「プレデスシェネクは、その下にあるダンジョンの上に建造されている。いや、今も建造中だ。ダンジョンというのはわかるか?」

「いや」

「ダンジョンというのは、巨大な建築物や洞窟などに魔力が宿り、魔物が自然発生したもののことを言う」

「魔物が自然発生するのか? さっきのマミーもそうなのか?」

「魔物は、魔力の濃いところに自然発生する。魔力は魔法を使うのにも必要なことから、魔物とは、人が制御しないままに発動した、魔法の出来損ないなのではないかと言われている」


 会長が風祭をちらりと見る。

 風祭は興味深そうに隊長の話を聞いている。


「ピラミッドの下にあるダンジョンの名前は……なんていったかな。ここじゃ単にダンジョンとしか呼ばれない。プレデスシェネクに他にダンジョンはないしな」

「なぜ、魔物が発生するとかいう場所の真上にピラミッドを造っているのだ?」

「ダンジョンは魔力の吹き溜まりだ。ダンジョンからは常に濃厚な魔力が漏れ出している。その魔力をピラミッドで集めているのさ」

「何のために?」

「魔力は、マナ重合体と呼ばれる結晶に変換することで、大規模な魔法に必要な大容量の魔力源にできるんだそうだ」


 会長が「ああ」と言う。


「そうか、王が神になるのだと言っていたな。妄言とばかり思っていたが、本気だったのか」

「それもあるが、その他にも用途はある。たとえば、ダンジョンからこちらに魔物が入り込まないよう結界を張るとかだな」

「それは本末転倒ではないか? ダンジョンの上になど住まなければよいではないか」

「それができりゃやってる」

「なぜできない?」

「そもそも、プレデスシェネクというのは、シェネク王の末裔たちという意味だ。シェネク王は、今の王の十代以上前の王様で、地上での迫害を逃れてダンジョンを突破し、その最上部に今のプレデスシェネクを造り上げた英雄だ」

「どうしてシェネク王は、それだけの力を持ちながら迫害されたのだ?」

「さあ……そこまでは知らないな。ただ、その強すぎる力を当時の地上の支配者が恐れたためと伝えられている。実際、十代下っても今の王様みたいなえらい魔術師が現れるんだ。初代ともなればもっとどえらい英雄だったんだろう」


 会長は、少し考えてから次の質問をする。


「なぜ、このピラミッドには魔物が出るのだ? いや、このピラミッドもダンジョンなのか?」

「その通りだ。最初は違ったんだが、今の王様がピラミッドの増築に励みだしてから、一部の領域がダンジョン化してしまった。増築に駆り出された奴隷たちも相当な数が殺されてる」

「雲の下の世界はどうなっている?」

「さあ、わからない。われわれの先祖がダンジョンの頂上で暮らし始めて数百年。地上との交流は絶えている。だいいち、交流したくともダンジョンを突破できん」

「シェネク王にはできたのだろう?」

「俺たちのご先祖様は英雄揃いだったらしいからな。だが、残念ながら、今の俺たちにご先祖様ほどの力はない。……いや、王様だけは別だろうが」

「あの王はそんなに強いのか?」

「強いなんてものじゃない。星36だと聞いている」


 星で言われてもイメージしにくいが、それだけたくさんの魔法を駆使するということだろう。肉体的にも頑健で、巨大な棍棒を軽々と振り回していた。ただの大胸筋おじさんではないのだ。


(あれ……でも)


 あの棍棒は玉座に立てかけられていた。

 ということは、あれはリングじゃない。

 リングは手を放すと消えるからな。


「ダンジョンを抜けて、地上の方からは来ないのか?」

「この国ができて以来、使者が来たことはないはずだ。地上は既に滅んだとも言われている。疫病でも流行ったのではないかと」

「プレデスシェネクの人口はどのくらいだ? そのうち戦える者はどれだけいる?」

「人口? ああ、どれくらいの人がいるかってことか? 正直わからん」

「国は把握していないのか?」

「ああ。なにせピラミッドは広い。至る所に勝手に集落が造られている。小さな集落はそれより少し大きい集落に従属し、その集落はまたさらに大きい集落に従属する。その大きな集落をまとめあげているのが王だよ」


 まさにピラミッド構造ってわけか。ピラミッドだけに。


「規久地先輩。今、『まさにピラミッド構造ってわけか。ピラミッドだけに』とかひとりで思ってほくそ笑んでましたね?」

「そ、そそ、そんなことはないぞ?」


 つっこみを入れてくる風祭から目をそらす。


 その間に会長が聞いている。


「兵はどうだ? どのくらいいる?」

「それぞれの集落が、上からの求めに応じて壮丁そうていを出す仕組みになっている。総数までは知らされていない」

「ダンジョンの上にあるなら、他国との戦争の心配はいらないはずだな?」

「だが、ピラミッドにはたくさんの奴隷がいる。その反乱を防ぐにはそれなりの数の兵がいるわけだ」

「なるほど。外患ではなく内憂のための兵なのか」

「なにせこの国は実力主義だからな。時に反乱も起こる。それに、たまには反乱が起きないと困るんだ」

「反乱が起きないと困るだと?」

「ピラミッド内の農作地は限られているからな。人が増えすぎると飢饉が起こる。飢饉が起こると疫病が流行る。それくらいなら、反乱が起きて、首謀者の部族が適度に滅ぼされた方が助かるのさ」

「人口調整のための内乱か」


 会長が眉をひそめる。

 このピラミッド――プレデスシェネクは、想像以上の無法地帯のようだ。


「ふむ……こんなところか? 風祭、聞いておきたいことはあるか?」

「そうですね。ピラミッドの構造について、知る限りのことを教えてください」


 風祭は、隊長からピラミッドの構造について実にてきぱきと聞き出していく。

 既にギフトでピラミッドの分析を行っているらしい風祭の質問は適切なようで、隊長は驚きながら答えている。

 俺が「へえ」と思ったのは、このピラミッドは階層構造になっておらず、いくつもの回廊が螺旋状に組み合わされ、ところどころに小部屋や大部屋、広間など各種施設が点在しているということだ。

 つまり、このピラミッドはすこぶるマッピングしにくくできている。


「迷わないのか?」


 思わず聞くと、


「迷うぞ。実際、俺たちもおまえらを探すうちに危険な場所に迷い込んだのだしな」


 隊長が苦笑して言う。


「おまえらに肩入れするわけでもないが、実際、少人数で逃げ回る相手を捕らえるのは一苦労なんだ。とくにおまえらのように星の多い連中が相手だと、相当な被害を覚悟する必要がある。俺たちも遭難した挙句に死にかけてたわけだがな」


「ふむ。聞くべきことは、こんなところか?」


 会長が言うと、火堂先輩が前に出る。

 手には、マミーの燃え残った包帯を撚って作った即席のロープ。


「これからあなたたちを、そこの柱に縛り上げます。抵抗はお薦めいたしません」

「わかっている。むしろきつく縛り上げてほしい」


 火堂先輩の言葉に、隊長が重々しくそう言った。

 俺は思わず口を挟む。


「えっ……そういう趣味?」

「だ、誰が緊縛趣味か! そうじゃなくて、俺たちが命令に従わずあんたらを見逃したってバレたら、極刑になるんだよ! 戦って破れ、縛って放置されてたなら、お咎めも少なくて済む! あんたらは勇者なんだし、ダメで元々で繰り出されてるからな」


 なんだ、そういうことか。

 一瞬ドン引きしてしまった。


「先輩の察しの悪さはさっきのマミーといい勝負ですね」

「やかましい」


 火堂先輩が兵たちを柱に縛っていく。

 隊長が、柱に縛られながら言った。


「異世界からの勇者と聞いてどんな人間かと思ったが……君たちは良い人間だ」

「……それはどうも」


 としか言いようがない。


「ひとつ忠告させてもらおう。可能ならば、王との直接対決は避けることだ」

「ほう? われわれでは敵わないと?」

「はっきり言えばそうだ。陛下自身強力な魔法の使い手だが、側近である魔法大臣もまたヤバい。正確には、陛下と魔法大臣が組んで戦う状況がヤバいのだが。そもそも、おまえらを御せる自信がなかったら、召喚などするわけがないだろう」


 隊長が険しい表情で言う。


 魔法大臣。謁見の間であれこれ説明してくれたあのローブの男のことか。俺たちが逃げ出した時には、ろくに動けないでいたようだったが……。


「……かといって、君たちが元の世界に戻るには陛下の協力を得るしかない。あるいは陛下を屈服させるかだ。それがどれだけ難しいことかは、わかっているべきだ」


 隊長は、暗に俺たちに投降せよと言っているのかもしれない。


 俺は会長をうかがう。

 会長は風祭と視線をかわす。

 風祭がうなずく。


 会長が言った。


「価値のある忠告を有難う。心に留めさせてもらう」




 一応断っておくと、一度魔物の出た場所には、すぐには次の魔物は湧かないらしい。

 隊長たちを縛って置き去りにした地点は、しばらくのあいだはむしろ安全だということだ。


 俺たちは回廊を進んでいく。

 時折、風祭が、「こっちだよ」「そっちじゃないよ」等とくだらないネタを挟んで一同を誘導している。


 歩きながら、会長が俺だけに言う。 


「リングが手に入ったのは僥倖だった。彼らを助けて正解だったな」

「ですね」


 俺はうなずく。


「わたしも、千草も、そして風祭も。みな頭が良く、合理的な思考をする。あそこで彼らを助けるというのは、わたしたちにはできない発想だ」

「その言い方だと、俺の頭が悪くて非合理的な思考をしてるみたいですね」

「そう言うな。もし君が生徒会にいなかったら、わたしたちはリングを手に入れられなかった。それだけじゃない、この世界の情報を手に入れる機会も逸していた。場合によってはそれが命取りになっていただろう」

「…………」


 たしかにそうかもしれない。

 もっとも、優秀な三人のことだ。俺がいなかったらいなかったで、どこかでリングやこの世界の情報を手に入れていたのではないかと思う。


「それだけじゃない。わたしはみなを守るためなら手を汚すこともいとわないと、この世界に召喚された直後には決意していた。千草も、おそらく風祭もそうだ」


 その通りだろう。

 三人は、俺なんか及びもつかないほど利発で、思い切りもいい。


「しかし、それで生き延びることができたとして。わたしたちは以前と同じ人間でいられただろうか。自分のために人を犠牲にする――それこそ、あの王のような人間になってはいなかっただろうか」

「そんなことはないですよ」

「わからないぞ。わたしたちは力を手に入れた。すべての力は権力を生む。そして、絶対的権力は絶対に腐敗する。歴史が証明している通りにな」


 そんなものだろうか、と思ったが、会長は確信しているようだった。


「規久地。おまえの良識が、わたしたちを救ってくれた。そのおかげでわたしは思えた。ああ、わたしたちはわたしたちのままでいいのだと。また、そうあるべきなのだと」

「大げさですよ。俺はそこまで考えていたわけでは……」

「それでも、だ。これからも頼むぞ、生徒会の良心」


 会長がそう言って俺の肩を叩く。

 悪い気はしなかった。

 俺は照れくささを隠すように言う。


「それにしても、リングだけじゃなく、スキルツリーやギフトについても早く情報交換をしたいですね」


 なぜ俺以外の三人は既に魔法が使えるのか。

 俺は星とやらが足りなくて、何もスキルを持ってなかったのに。


「まったくだ。風祭にはもうわかっているようだが。まずは安全を確保してからだな」


 俺たちは、黒い回廊をひたすら進む。

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