3.逃走する生徒会

 当然、追っ手がかかる。


「くそっ! しつこい奴らだ!」

「そりゃそうでしょう、ここが奴らの根拠地なんだし!」


 毒づく会長に俺がつっこむ。


「逃げてどうするんです!? とりあえず従っておくのが得策だったのでは!?」

「とりあえず従っておくだと? ありえんな!」

「どうして!?」

「あんな男、信用できるわけがないだろう! とりあえずだろうがなんだろうが一度従ってしまったら最後だ! われわれは分断されて互いが互いの人質にされる! 誰ひとり身動きがとれなくなって、利用しつくされた挙句殺される!」

「そ、それは……」


 たしかにそうなる可能性が高そうだ。


 俺の前を走る風祭が、突然振り返って声を上げた。


「ser!」


 最後尾にいる火堂先輩の背後に光の障壁が発生する。

 直後、障壁に炎が激突。


「助かりました!」


 火堂先輩が風祭に言う。


「まだです! 矢が来ます!」

「おっと!」


 風祭の警告に、火堂先輩が背後を振り向きながら手を振るう。

 障壁に遮られた炎の奥から飛んできた矢が、火堂先輩の手に収まる。

 矢をキャッチした!

 人間業じゃねえよ!


 その間に会長が背後に向かって手をかざす。


「ferma!」


 放たれる炎弾。

 追っ手たちが足を止める。


「今のうちだ!」


 会長の言葉に俺たちはダッシュ、前にあった角を曲がりきる。

 その後もいくつかの角や分かれ道を曲がり、かろうじて追っ手を撒くことに成功した。


「はぁっ、はぁっ……」


 激しく息を切らせているのは風祭だ。

 会長と火堂先輩はともに運動ができる。俺も、火堂先輩に言われ、朝のランニングを日課にしていた。

 俺たちの移動速度は風祭の移動速度と等しかったことになるが、兵たちの方は武装している分動きが遅かった。が、もし追いつかれたら、今の俺たちでどこまで戦えるのか、まったくの未知数だ。

 なぜか魔法が使えている会長と風祭、素のままでも強い火堂先輩とちがい、俺に戦うための手段はない。


 俺は風祭に声をかける。


「大丈夫か?」

「だいっ……じょうぶ……ですっ」

「ぜんぜん大丈夫に見えねーよ!」

「大丈夫……ですってば。――riksa、からの、rassen。……ふう」


 今にも倒れそうに見えた風祭が、目に見えて良くなった。


「今のは?」

「疲労回復魔法と持久力強化の魔法です。みなさんも限界が来たら言ってください」

「便利だな!」


 そんな魔法もあるのか。


 それにしても、魔法の種類が多すぎて混乱しそうだ。

 誰かエクセルにまとめてくれないか。

 って、この生徒会ではそういうのは俺の仕事なのだった。

 まあ、紙さえ手に入ったら作るけど。


「風祭。先ほどはおまえに任せてしまったが、われわれはどこに向かっているのだ?」

「とりあえず、この建物の外を目指しています」

「ずいぶん走ったように思いますが、この建物はそんなに大きいのですか? 一面黒い壁ばかりで、窓すら見当たりません」


 火堂先輩が俺の思ってたことを聞いてくれる。


 たしかに王が「ピラミッド」と呼んでいたこの建物は、どれだけ行っても石造りの回廊が続いている。壁はすべてつや消しの黒で、継ぎ目は1メートル四方程度の正方形だ。

 黒い立方体を積み重ねて造った建物らしいということはわかる。こんな綺麗にサイズの揃った黒い石なんてどこから切り出し、どうやって運んできたのか不明だが。


「全体の大きさは解析中ですが、外への出口は既に見つけました」


 どうやって? と思ったが、問答している時間が惜しい。


「行きましょう。こっちです」




 それからしばらく進んで。


「見えたぞ!」


 緩やかな上りになっている回廊の先に、外の光が見えてきた。

 俺たちは足を速め、光に向かって進んでいく。


 そして――


「こ、これは……」


 会長が絶句した。


「一体どうし……」


 火堂先輩も絶句。


「そんな……」


 風祭も信じがたいという顔をしている。


「なんてこった……」


 俺はつぶやく。


 最初に目に飛び込んできたのは青い空。

 雲ひとつない晴れ渡った空だ。

 見渡す限り、空以外の何物もない。


 一歩踏み出し、振り返って見ると、俺たちは黒い段差の上にいる。

 段差は、一片1メートル程度の黒いブロックを積み上げることで造られていた。


 段差は上に行くに従って規則的に幅が狭くなっていく。

 頂点はかすんでいるが、尖っているに違いない。


 今度は下を覗く。

 段差が果てしなく続いている。

 そのあちこちに作業用の足場が設けられていて、そこにはみすぼらしい身なりの男女がたむろっている。

 いや、作業をしている。

 段差の奥、別の出口から運びされてきた黒いブロックを、二人がかりで持ち上げ、運んでいく。


(……えっ?)


 ブロックが見た目通りの石材なら、とても二人では持てないのではないか?


 いや、今はそこじゃない。

 段差はそのまま下がっていき、その最下端はやはりかすんでいる。

 が、その先には白い霧のようなものが広がっている。

 霧――違う、これは雲だ!


「ここは……雲の上なのか!?」


 俺は思わず叫ぶ。


 風祭が苦り切った声で言う。


「……想定外でした。この空気の冷たさからしても、この場所の標高はかなり高いはずです」


 言われてみれば、たしかに外は肌寒い。

 さっきまでの回廊は適温だったのだが。


「ここはおそろしく見晴らしがいい。逃げていたらすぐに見つかる」


 会長が言う。


「あの雲の下に潜ってしまえば逃げ切れませんか?」


 と、火堂先輩。


「あの雲の下ですが……何もないです」


 風祭が言った。


「詳しくは後でお話しますが、莉奈のギフトではそういうことがわかります。この巨大なピラミッドは、高い塔の上に立っていると思ってください」

「そんな馬鹿な! そんな建造物が造れるはずがない!」

「ですが、事実です」


 風祭が暗い表情で言う。


「まるでラ○ュタだな」


 眼前の光景に思わず言うと、


「いえ、このピラミッドは宙に浮いてはいません。ピラミッドの下にも構造物があります。とても複雑で、いわく言い難い感じですね」

「なんだ、歯切れが悪いな」

「そうですね……崩れないようにブロックを抜いていく積み木のおもちゃがありますよね?」

「ああ、さすがにわたしも知っている」


 と、お嬢様育ちを自認する会長が言った。


「ああいう感じで、巨大なブロック型栄養食品のような岩が積み重なってる……ようです。縦方向の解像度がいまいちなので、どのくらいの高さなのかまではわかりません」


 俺たちはみな言葉もなく立ち尽くす。


 その時、


「崩落だああああ!」


 上の方から声が聞こえた。

 思わず上を見ようとすると、風祭にベルトを引っ張られた。


「皆さん、身体を引っ込めて!」


 風祭の警告に、俺たちは出てきたばかりの出口に身を隠す。


 一瞬後、出口の前を黒いブロックが落ちていった。


 数秒後、下の方で大きな音がした。


 ――うああああ!

 ――ジンナぁぁっ!

 ――回復魔法を使える者を呼んでくれ! 早く!


 下の方から叫び声が聞こえてくる。

 おそるおそる覗き込む。


 そこには――


「うっ……」


 落ちてきたブロックが、下の方にあった足場を直撃、そこにいた男女を押し潰していた。

 血と、ちぎれた身体の一部が散らばっている。


「お、おえっ……」


 俺はたまらずえずく。

 みんなから離れ、近くのブロックの陰で胃の中身を吐き出した。


 ――おい、回復魔法を! 奴隷なら死んでもいいっていうのかよ!

 ――てめええ! ぶっ殺してやる!

 ――ぐわああっ! 痛ぇっ! ちくしょう、痛ぇっ! ジンナぁぁあっ!


 下の方では潰された者の身内らしき男が暴れているようだ。

 しかし監督官らしき相手にやられている。


「なあ、会長、風祭! 回復魔法は使えないか!?」


 俺の言葉に、会長が首を振る。

 風祭は、一瞬ためらいをみせた。


「使えるんだな!?」

「初級ならば……」

「じゃああそこに行って助け――」

「無理です」


 風祭がぴしゃりと言った。


「莉奈たちは追われてるんですよ?」

「だからって……」

「莉奈だって、そうしたくて言ってるんじゃありません! 戦えない規久地先輩が無茶を言わないでください!」

「っ!」


 そうだ。俺はまだ戦えない。

 なぜ風祭がそれを把握しているのかはわからないが、事実としてそうだ。

 風祭は戦える。 

 それだけに、俺たち全員の生死について責任がある。

 俺たちの安全と、もう助からないように見える奴隷と。

 どちらを取るかなんて決まってる。


「……すまん。冷静さを失った」

「いえ、気持ちはわかります」


 風祭がぼそりと答える。


 火堂先輩が言う。


「冷たいようですが、外に逃げられないとわかった以上、ここに長居するべきではありません」

「すみません。外がこんな風になっていようとは……」

「風祭のせいじゃないさ。誰がこんな状況を想像できる?」


 目を落とす風祭を、会長が慰める。


「気は進まないが、中に戻るしかない。どこかに身を隠せるといいんだが……」

「はい、探してみます。行きましょう」


 風祭が言って、歩き出す。


「先頭はわたしが。次にお嬢様、風祭さん、規久地君の順番で。規久地君は後方の警戒をしてください」

「わ、わかりました」


 俺たちは隊列を組み直し、元来た道を戻り始める。




「この先に、兵らしき人間の反応。数は4です」


 風祭がだしぬけに言った。


 会長が険しい顔をする。


「くっ。ここまでに分かれ道はなかった。突破するしか方法がない」

「わたしがやります」


 手を上げた火堂先輩に、会長が首を振る。


「いや、ダメだ。わたしの魔法を使う」

「ですが……」

「さっき、外の奴隷を見て不思議だった。重いはずの黒い石材を、たった二人で運んでいたのだ」

「あ、それは俺も見ました。おかしいですよね」


 会長がうなずく。


「おそらく、魔法で力を強化しているのだろう。あるいは、石材の方を軽くしているのかもしれない。われわれの想像もしていないような魔法があるのだ。いくら千草ちぐさが強いと言っても、接近戦は避けておきたい」

「まだ話していませんでしたが、わたしも自己強化魔法というものを使えます」

「それでもだ。遠くから魔法で倒す――いや、殺す」


 会長の目が細められる。


「そんなこと、させられません」

「しなくてはならない。さっき、われわれは奴隷を見捨てた。正しい判断だった。そして、これから追っ手の兵を殺す。これも正しい判断だ」


 会長が言って、慎重に前に進んでいく。


「兵は角の向こう、20メートルの地点です」


 風祭のささやき声に、会長が手で答える。

 会長が身を乗り出し、魔法を放とうとした――その時。


「待ってください! 追っ手が何者かに襲われています!」


 風祭が言った。


「……何? 追っ手が襲われているだと?」

「はい。これは……人間ではない? 魔物……ですって!」


 風祭の言葉に、火堂先輩が前に出て、角から慎重に奥を覗く。


「包帯男、ですか。そうとしかいいようのないものたちが、追っ手の兵を襲っています。数は……十体以上。ああ、あのブロックの裂け目から出てきたのですね」


 俺も火堂先輩に続いて奥を見る。


「うわあああ! 助けてくれぇ!」


 追っ手だった兵が悲鳴を上げる。

 その兵に、包帯男――マミーのような異形の存在が組み付いていく。

 動きはそこそこ速く、しかも力が強いようだ。

 兵は逃げられず、マミーに抱きしめられ、背骨を折られて絶命した。


「ど、どうなってんだ!? ここは城じゃないのか!?」

「不明です。ひょっとしたらダンジョンのようなものなのかもしれません。これだけの建築物をこれだけ標高の高い場所に作るのは困難なはずですから」

「たしかに、現代日本の建設会社でも尻込みするような工事だな。仮にできたとしても採算が取れん」


 兵のひとりが、こちらに気づいた。


「た、助けてくれぇっ!」


 助けを求めてくる――俺に向かって。


「……どうする?」


 会長が冷静に問う。


「彼らは追っ手ですよ。莉奈たちを殺すよう命令を受けているはずです。助ければ莉奈たちに向かってきます」


 風祭は、見殺しにするべきだと言う。


「自分を殺そうと向かってきた相手を見殺しにして、何が悪いというのです?」


 火堂先輩も、冷たい目でそう言った。


 二人の言葉に、会長がうなずく。


「いい機会だから言っておく。

 わたしは、皆を守るためなら人を殺すことをためらうつもりはない。

 ここはそういう世界なのだ。さっき、崩落した岩に巻き込まれて死んだ労働者を見ただろう。いや、違うな。あれは労働者ではない。奴隷だ。彼らは牛馬のように酷使され、治療すら拒否されていた。この世界では人の命は吹けば飛ぶほどに安いのだ。

 無用な情けをかけては、身内を危険にさらす」

「会長……」


 さっき、火堂先輩を制して会長は自分で追っ手を殺すと言った。

 合理的な説明をしていたが、やはり、手を汚すなら自分でと思っていたのだろう。


「このまま見殺しにする。その後で、生き残った方をわたしが始末する」


 会長が言った。

 風祭と火堂先輩がうなずく。


 会長は最後に俺を見た。

 しっかりと目を合わせてくる。

 目で、俺を説得しようとしている。


 俺は会長の目を見つめ返す。

 会長の目が、わずかに揺れているような気がした。


 俺は、息を吸い込んでから口を開く。


「あえて言います。俺は助けるべきだと思います。俺たちは平和な国で生まれ育ちました。その感覚はこの世界では甘いのかもしれません。でも、甘かったとしても、間違っているとはどうしても思えないんです」

「ならばどうする?」

「助けた上で、武器を取り上げ、手足を縛って放置しましょう」

「ここは魔法がある世界だ。武器を奪ったところで戦闘能力をすべて失ったことにはならない」

「じゃあ口も封じましょう。……あ、殺すってことじゃなくて猿ぐつわとかで」


 俺の言葉に、風祭がぼそりと言った。


「shifという妨害魔法があります。一時的に対象の体内の空気を振動しにくくすることで声を出せなくする魔法です。発動に数秒かかるので、動きを封じる必要はありますが」

「効果時間は?」

「3分ほどです」

「短いな」

「でも、3分あれば脅して言うことを聞かせるには十分じゃないですか。効果が切れてから尋問すれば情報も得られます。ここは助けるべきかと」

「ふむ……」


 会長が考え込む。


「――いいだろう。彼らを助けよう。リスクを冒さないことも大事だが、助けられる者を見捨てるのは、たしかにわれわれの良識にもとる行為だ。生徒会は皆の模範でなければならないしな」

「会長……ありがとうございます!」


 俺は会長に頭を下げる。


 そこで、声が聞こえてきた。


「悠長に話してないで、助けてくれるんなら早く助けてくれぇっ!」


 マミーから逃げ回る兵たちの必死の叫びだった。

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