いつも行くその店の片隅にも、きっとドラマが隠れている

 スーパーマーケットのお惣菜。料理の腕が残念な私は、たびたびお世話になっています。
 お惣菜コーナーを飾るたくさんの品々は、お客さんたちの目に付きにくい場所でつくられています。そこで働く人々も、彼らの日々の頑張りも、喜怒哀楽も、お客さんたちには気づかれない。でも、確かに、その場所にはドラマがあるのです。それも、結構深い。

 自分の生活を「冴えない」と思っていたアラサー女子の主人公。そこに、突然イケメンがやってきます。しかし、せっかくのお顔はマスクで隠されています。何しろ総菜部だから。
 このなんとももったいないイケメン君は、中身ももったいないほどに控えめです。間違っても主人公をぐいぐい引っ張って、めくるめく激甘の世界を見せてくれたりはしません。ただ、主人公の生活に、小さなインパクトを落としただけ。

 色のなかった世界に落ちてきた小さな「石」は、それを感じ取った主人公の心の中で、ゆっくりと波紋を広げていきます。
 忘れていた感覚を思い出し、「冴えない」と思っていた自分の頑張ってきた姿を思い出し、自分の周りに溢れていた温かさを思い出し……。
 何かが、劇的にではなく、ゆっくりと変わっていきます。

 主人公と同じアラサー年代になると、このような経験に心当たりのある方は多いのではないかと思います。

 ある日突然やってくる幸せはない。
 幸せは、日々の生活の中で、自らゆっくり見つけていくもの。

 そのことを知る人は、この作品がなぜ一年間というスパンで描かれているのかという点にもしみじみと感じ入りながら、スーパーマーケットを舞台に咲く温かなドラマを楽しむことになるでしょう。たびたび泣けるお話でした。

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