4.アルクス教団



 およそ2週間後。

 西暦2112年4月1日、深夜。

 ――地球は炎に包まれていた。


 突如月面からやって来て、各国主要都市を襲撃した謎の超能力者たち――。 

〝ネクサス〟と呼ばれる彼らの起こした残虐非道な破壊行為によって、高度に発展した街並みは破壊され、そこら中から火の手が上がっていた。


 鳴り止まぬ爆音と悲鳴。

 鮮血と共に数えきれないほどの命が虚しく散って行く。

 恐怖と絶望に支配された現状は、まさに地獄の様相を呈していた。


 そんな中、各地の軍隊はネクサスたちの破壊行為を鎮圧するため、銃火器や戦車、ヘリなどを以て対抗しようとした。

 しかし、そういった兵器は彼らには通用しなかった。


 ネクサスたちが操る斥力の力場は、アサルトライフルの弾丸すらも受け止め、逸らし、無力化してしまう。

 戦車砲などの重火器を使ったとしても、念動力を用いて高速移動することができる彼らに命中させることは難しい。


 かといってヘリなどによる空からの攻撃を目論見たとしても、念動力によって飛行されてしまっては優位性を保てない。

 その上、ネクサスたちの操る力場は、最新型戦車の分厚い装甲すら破壊し得るほどの威力を持っていた。


 そんな圧倒的な戦闘能力を持つわずか1000人足らずの異能者ネクサスたちの手によって、世界中の都市は瞬く間に戦場と化した。

 完全に後手に回った各国軍隊が、物量と新型兵器の力でどうにかテロを鎮圧させるころには、すでに数万人もの地球人の命が失われていた……。


 こうして、一夜にして地球中を恐怖に陥れたネクサスたち。

《月からの襲撃者》である彼らが起こしたこの事件は〝エイプリルフールの惨劇〟と呼ばれ、のちの歴史に深く刻まれることになる――。




 ◆   ◆   ◆




 同日。ネクサスたちが地球の街を破壊し混乱に陥れている最中、彼らを束ねる《導師》であるその男は、すでに輸送用宇宙飛行機スペースプレーンに乗り込み宇宙へと離脱していた。


 だが不思議なことに、テロリストの首謀者を乗せた宇宙船が飛び立ち、今まさに逃げ出そうとしているにもかかわらず、追っ手が迫る様子は全くなく、不自然なほどに辺りの宙域は静まり返っていた。


 闇に包まれた星の海を、船は悠々と漂う。

 まるで、今まさに地球で繰り広げられている惨劇をあざ笑うかのように。


 そんな中、導師は船の艦橋の中心――艦長席の椅子に気だるげに腰かけ、足を組んで肘をつく体勢でのんびりとくつろいでいた。

 傲然としたその態度は、どこか暴君的な雰囲気を髣髴とさせる。


「大気圏離脱完了。機関正常、各部異常なし」

「周辺宙域に不明熱源反応はありません」


 オペレーター席に座る白いローブ姿の信者たちが状況を報告した。

 どうやら作戦・・は成功し、まんまと逃げおおせることに成功したようだ。

 報告を聞いた導師は嘲るように声をもらしたあと、窓の外に佇む地球を一瞥した。

 黒衣のフードに隠された黄金色の瞳が怪しくぎらつく。


「他愛ない。実に他愛もない」


 艦長席の目の前には大きなモニターがあり、そこには信者のネクサスたちが世界中で暴れ回る様子が映し出されていた。

 逃げ惑う群衆。燃え盛る都市。

 悲鳴、慟哭、戦慄、阿鼻叫喚。


 まさに地獄のように赤く染まった世界で、白の衣装に身を包み目深なフードで顔を隠した信者たちが殺戮を行っていく。

 斥力の力場を操り無表情に淡々と命を奪っていくその様は、さながら人形のようですらあった。


「ふっ……くくく……ッ……ふはははははは!」


 導師は嘲笑った。

 配下の信者たち――己の命令に絶対服従・・・・・・・・・し、命すら投げ出して任務を遂行せんとする彼らの姿を眺め、満足げに肩を揺らした。

 えもいえぬ充足感が導師の心を満たしていく。


「これが、これがネクサスの力の更なる段階……精神掌握! ……まさかこれほどの数の信者たちが私の前にひれ伏し、何一つ疑わずに従い、喜んで命を投げ出すとはな!」


 導師は笑う。

 無音の闇を突き抜け世界中に……いや、すべての宇宙に己の存在を誇示するかのように声を張り上げ、高笑う。


「容易い……! 容易い容易い容易い容易い容易いぞ――ッ!

 まるで水槽から放り出されたメダカを踏みつぶすかのごとくなァ!

 今まで我らを嘲り、蔑み、虐げてきた地球人たち……それがどうだ!?

 奴らは弱い! 脆い! 劣っている! 恐るるに足りない!

 ああそうだ。変える……変えられる! 

 この世界を、私の手で、ネクサスの物にしてみせるッ!

 ふはははははははは――――――――――ッ!!」


 導師は手を伸ばし、窓の外に映る地球を掴もうとした。

 すぐにでも、すべての地球人アースリングを滅ぼしこの手に世界を――。

 切なる想いを胸に秘め、導師はその手を握りしめた。


 その時――。

 鈍い電子音が小刻みに鳴り響いた。


「導師、本部第3ラボより入電。七条しちじょう博士です」

「……繋げ」


 その名を聞いて興がそがれた導師は、一転して忌々しげに答えを返した。

 すると目の前にあるモニターが通信状態に切り替わり、メガネをかけた白衣姿の男の映像が映し出される。


 年のころは40過ぎといったところだろう。

 ぼうぼうとした天然パーマの髪の毛に、伸ばしっぱなしの無精ひげ、着古された緑色のタートルネックに白衣を重ね着したその姿は、まさに《ひきこもりの研究者》といった風貌だ。


『やぁ~諸君! どうやら無事に逃げられたみたいだねぇ~! 良かった良かった!

 僕らの計画の先行きは、この作戦が上手く行くかどうかにかかっていたからねぇ。

 素ぅ晴らしい! これで哀れな実験体たちの犠牲が大分減るねぇ~。良かったねぇ~』


「七条栄治えいじ……」


『おやおやぁ? なにやら不服そうだねぇ導師インベル君? ふふん、どうしたんだぁい?

 もしかして今更怖気づいたのかなぁ? それとも……後悔している? ……図星かな?

 そうだよねぇ~、あれほどの数の罪もない同胞を操って、無理やり地球人と殺し合いをさせた挙句、首謀者であるはずの君はこうしてまんまと逃げてきちゃっているんだからねぇ!』


 鼻につく高い声で、まるで他人事のようにへらへらと笑いながら言う七条博士。

 対して、導師インベルは金色の瞳をギロリと向けて不快感を示した。


「後悔などと言う感情を、いまだに私が持っていると思うのか?」


『いいや? まったく? ただ単に君をイラつかせたかっただけさぁ』


 人を食ったような態度をとる博士。

 インベルがモニター越しにあからさまな殺意を向けると、博士はさらに楽しそうに嘲りながら言葉を続けた。


『忘れてはいけないよぉ~? 君はあくまでも僕の研究のための《一つの駒》に過ぎないんだ。手に入れた借り物の力・・・・・を使って良からぬことを考えているのなら、やめておきたまえ。君ではどうあがいても《彼》には適わないのだから……』


「………」

 

 インベルはフードの中で表情を歪めた。

 ――貴様もその《彼》に利用されているに過ぎないくせに。

 即座にそう思いはしたが、言葉には出さない。

 この男には何を言い返しても無駄であることを、既に知っているからだ。

 

 この男は、自分の知的好奇心を満たすこと以外には興味がない。

 仮に自分が利用されていたとしても、己の求める研究さえ出来れば構わない。

 たとえ何を犠牲にしようとも、己の目的のためだけに生きる。

 七条栄治とは、そういう男なのだ。


『ふふん、で? あれほどの犠牲を伴う騒ぎを起こして陽動作戦を行った結果、例の物質・・・・は手に入ったのかい?』


「当然だ。すべてはあれ・・を強奪するための策だったのだからな」


『素ぅ晴らしい! ふっふっふ、これで僕らの計画がまた一つ先へと進む。

 あとは行方不明の実験適合体を見つけだし、完璧な反重力炉の理論を完成させれば良いだけだ。そして、そのためには――』


「七条グループの研究者、七条彩乃を捕え……情報を引き出す」


『ザッツライト! その通りさ! ……ああ楽しみだなぁ。これでついに、ネクサスの更なる謎に迫ることができるってもんさ……!』


 七条彩乃を――実の娘・・・を己の私利私欲のために利用することに何のためらいもないのか。

 インベルはそう思ったが、やはり言葉にはしなかった。 


 七条栄治は、この男は壊れている。

 ネクサスの――新たな人類の可能性を探求するという目的に憑りつかれている。

 もはや《家族の情》などという物に絆されるはずもないのだ。


 そして、インベルは知っていた。

 この男だけではない。これから世界中がもっと壊れていくのだ。

 いずれそうなる。いや、そうしてみせる。


 インベルの、彼自身の手によって世界は変えられる。

 大きな流れ――争いの渦中へと巻き込まれていくのだ。


「御託は良い。必要と有らば今すぐにでもやってやろうではないか。

 我らの居場所を手に入れるため、そう……月面の未来のためにな――」


 インベルの言葉を受けて、博士が不敵な笑みを浮かべる。

 こうして、彼らの乗る宇宙船は月面都市へ――七条彩乃のいる《コロニーかぐや》へと向かって行った。


 この日、地球中を恐怖に陥れ、今また月の世界に災厄を運ぼうとしている彼らの名は――アルクス教団。

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