3.かけがえのない思い出



 その日、高等部の生徒会室で行われた卒業パーティーは、夜が更けるまで続いた。

 ミコトたちを含めた中等部・月面バスケットボール部のメンバーたちは、元部長である彩乃によって祝福され、宴は大いに盛り上がった。


 振る舞われた豪華な料理に舌鼓を打ちながら、3年間の中学生活で起きた様々な出来事を仲間たちと語り合うこと数時間――。

 やがてパーティーは終わりの時を迎え、生徒会室を後にしたミコト・ヤマト・マルカの3人は、学生寮へと戻るために学園敷地内をゆっくりと歩いていた。


 コンクリートで舗装された並木道をしばらく進んだあと、マルカは遥か頭上――コロニー天井のスクリーンに映る星空を見上げ、生き生きとした声を上げた。


「あー、楽しかった!」


 その後ろを並んで歩いていたミコトとヤマトは、無邪気な少女の様子を見てささやかな笑みを浮かべた。


「はは。マルカにしては珍しくはしゃいでいたよな」


「うん! 私あんなに騒いだの、とっても久しぶりだったよ」


 苦笑がちに呟いたミコトに対し、マルカは満ち足りた表情で答えた。


「それにしても、彩乃先輩の暴走っぷりは本当に凄かったな。

 まったく……泣いたり笑ったり叫んだり……あれじゃあまるで子供じゃないか……」


 パーティーの最中、たじろぐマルカに対して無理やり抱き着いたり擦り寄ったりしつつ、その場をエンジョイしていた彩乃の姿を思い出し、ミコトは呆れるようにため息をついた。


「ま、それだけマルカが中等部を卒業したことが嬉しかったんだろ?」


 そう言いながら頭の後ろで手を組むヤマト。


「そうだね! 私たちの卒業をまるで自分のことのように喜んでくれて、あんな素敵なパーティーまで開いてくれた先輩には、ちゃんと感謝しないと!」


 兄弟の方へと振り向いたマルカがそう言うと、3人はしめし合わせたかのように同時に笑みを浮かべた。



 しばらくして――。

 一行は男子寮と女子寮へと向かう分かれ道に差し掛かっていた。


「だけど、あっという間だったよな。ついこのあいだ地球から月面都市にやってきて、この学園に入学したと思ったら、もう中等部卒業だもんなぁ」


 空に映った星々を眺めながら、ヤマトはしみじみと言った。


「ホントだね……! そっか、あれからもう3年も経ったのね……」


「オレたちとマルカが出会ってから数えると、もう5年になるな」


 ミコトがそう付け加えると、マルカはおもむろに瞳を閉じ、懐かしそうに5年前の出来事を心に浮かべた。


 ――それは、マルカと兄弟が出会った日の記憶。

 月面都市から一歩も出たことのなかった少女が、地球から来た少年たちと出会い、月面バスケットボールを通じて友情を結んだ日の記憶だ。


『オレは神凪かんなぎミコト、こっちは――』


『弟のヤマト!』


 同じ顔をした双子の少年たちが、バスケットボールを片手に楽しそうに名乗ったその姿を、マルカは今でも鮮明に思い出すことができた。

 それは――マルカにとってかけがえのない、何よりも大切な記憶。


 幼いころから狭い施設の中で育てられ、兄弟と出会うその日まで友達がいなかったマルカにとって、その出会いはまさに人生を変えた《希望の始まり》だった。


 そう――まさに心の中で星のようにキラキラと輝き続ける、忘れがたい思い出。

 あの日の出来事を思い出すだけで、マルカの心には勇気が湧いてくる。

 あの日2人と出会ったからこそ、マルカは今こうして笑っていられる。


 そんな宝物のような記憶を目いっぱい抱きしめたあと、マルカは静かに目を開き、兄弟に向かってこう言った。


「……ねえ2人とも。私たちが初めて会った日のこと、覚えてる?」


「もちろん!」


「ああ、忘れるわけがない」


 ヤマトが頷き、ミコトが微笑む。


「もし、もしもあの日、2人に出会わなかったら、私……いまだに1人ぼっちだったかもしれない。だから、2人がこの学園に……月面都市にやって来てくれて本当に良かった……!」


 そして少女は、天使のような微笑みを浮かべながらこう言った。


「一緒にいてくれて、ありがとね……2人とも!」


「へへっ、なに言ってんだよマルカ。そんなの当たり前だろ?」


「そうさ。これはオレたちが自分の意思で決めたことだ。礼なんて必要ない」


 そう言って見つめ合う3人の間には、何者にも侵しがたい確かな絆が存在した。


「ふふっ、高等部に上がってからもよろしくね! ヤマト、ミコト」


 マルカは嬉しそうに顔をほころばせながらそう言うと、2人に小さく手を振ったあと、女子寮へと続く分かれ道の向こうへと駆けて行った。

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