とある孫息子の葬送


 アルフレド・ハーヴェイ。


 生前脚光を浴びることはないままこの世を去った悲劇の箱庭職人。今や彼の名を知らない者はいない。

 数ある箱庭のなかでも最もうつくしいと謳われる『ティターニア』。ほとんど人の目に触れることもなかったそれは、作品を目にした数少ない幸運な人間によってそのうつくしさが広められた。

 彼の箱庭は小さなものから、主役のいない空の箱庭さえ高値で取引され、一部は美術館に収められている。


 エディ・バートンが『ティターニア』を取り戻すことは叶わなかった。

 その息子、アルベルト・バートンは『ティターニア』が盗品であることを証明し、返還を認めさせたものの、その手続きの最中に『ティターニア』は再び何者かに盗まれ、以降行方知れずとなる。

 そしてようやく、『ティターニア』は戻った。エディ・バートンの遺志を継いだ孫息子のもとへ。




 エリックは発送まで手配しようというオークションの主催の申し出を断り、もとより待機させていた者に『ティターニア』を運び出させた。

「ようやく、ですね」

 老いた家令が、感極まったように呟いた。エリックの祖父ことも知る彼の胸にも響くものがあるだろう。

「……ああ、祖父エディの悲願だ」

 バートン家はアルフレドの作品を管理し、簡単に売り払うようなことはせずに、少しずつ時期を見ながら売却した。アルフレドの評価は放っておいてもダブレイが高めてくれる。あのうつくしい『ティターニア』で。そうしてバートン家は財を成した。すべてはこの『ティターニア』のためである。

 ガラスケースに縋りつく妖精は、今もなおうつくしいままだ。

 もはや使われなくなって久しい防毒マスクを被り、ホルスターからリボルバーを抜く。六発の弾丸の込められたそれを『ティターニア』に向けた。エリックは迷いなく引き金を引く。続けて六発すべてを。

 箱庭を守るガラスは頑丈だが、鋼の弾丸を六発もくらえばひび割れる。大きな蜘蛛の巣のように広がったひびは、もはや箱庭を守る機能を失った。エリックがそっと触れると、それは簡単に崩れていく。ガラスの壁が崩れ去り、何十年も前に閉じ込められた胞子が舞う。

 ――ティターニアは動かない。

 オパールのような輝きの髪は色褪せないまま、白磁の肌はしみひとつない。金緑の瞳は、今もなお倒れたアルフレドを見つめているようだった。

 エリックはティターニアの硬直した身体を抱き上げ、外に用意しておいた彼女のための棺に横たえる。防毒マスクを脱ぎ去って、棺に横たわる妖精を見下ろし苦笑した。

「アルフレドの作った箱でなくて、申し訳ないが」

 もしアルフレドが生きていたのなら、彼女を葬るときに自ら棺を作ったに違いない。ただ花で満たされただけの棺は、アルフレドが作ったであろうものには遠く及ばない。

 けれど彼女を飾ることが目的ではないのだ。花はただ弔いのためにある。

 蓋を閉め、棺を運び出す。

 とある墓石の隣に、ティターニアの場所は用意されていた。もう何十年も前から、ここはティターニアが眠るために用意されていた。

 棺が穴におさまり、土がかけられる。

 箱庭のなかにあり続ける限り、妖精の身体が朽ちることはない。妖精に人間の街の空気は毒だ。箱庭から出せば じわりじわりとその毒がうつくしい死体を腐らせる。だからアルフレドの最高傑作は壊されなければなかった。ティターニアを彼の傍らに戻すために。

 真新しい墓石には『ティターニア』の名が刻まれる。その隣にある墓石には、アルフレド・ハーヴェイの名があった。


 幻の最高傑作は、真に幻となり。

 『ティターニア』は箱庭から解放され、その身体は、やがて土に還るだろう。


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箱庭のティターニア 青柳朔 @hajime-ao

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